国境なきシステムと国境に縛られる特許
インターネットを前提としたサービスは、もはや国境という概念を意識せずに設計・提供されるのが当たり前になっています。
たとえば、サーバをB国に設置し、A国のユーザにサービスを提供するという構成は珍しくありません。
この「国境を越えるシステム」に対して、特許は本質的に「国境に縛られる権利」です。
このギャップは、特にネットワーク関連発明ついて、従来から指摘されてきた重要な問題です。
以下、国境を超えることが想定されるネットワーク関連発明のことを「システム発明」とよび、システムの発明を対象とした特許のことを「システム特許」とよぶことにします。
属地主義:特許は「その国の中だけで効く」
特許の効力は、原則として「特許を取得した国の領域内」に限られます。この考え方を「属地主義」といいます。
たとえば、日本で取得した特許は日本国内でのみ効力を持ちます。米国や欧州で同様の発明を保護したければ、それぞれの国・地域で特許を取得する必要があります(外国出願の出願先の決め方についてはこちら)。

属地主義の原則をシステム発明に当てはめると問題が生じます。
システムの構成要素(サーバや端末)が複数国に分散している場合、「どこで特許侵害が成立するのか」が不明確になるためです。
極端にいえば、サーバを外国に置くだけで日本特許を回避できてしまう可能性すらあります(システム特許特有の問題点の詳細はこちら)。
ドワンゴ特許とFC2のサービス
このシステム発明と属地主義の関係を論点とする特許侵害訴訟がありました。
原告(特許権者)はドワンゴ、被告(被疑侵害者)はFC2です。
本件で問題となったのは、ドワンゴが保有するコメント配信システムの特許(特許第6526304号)です。いわゆる「ニコニコ動画型」の、動画上にコメントが重ねて表示される仕組みが対象です。
ドワンゴ特許の要点は以下の通りです。
・サーバと複数端末からなるシステムである。
・動画配信中にユーザがコメントを投稿する。
・さまざまなユーザからのコメントが動画上に重ねて表示される。
・コメント同士が重ならないようにコメント表示位置を制御する。

FC2のサービスも、システム全体としてはこれらの構成要件を満たしていました。
問題になったのは、「サーバの所在地」です。
FC2のサーバはアメリカに設置されていました。

この訴訟では「日本特許の構成要件の一部(サーバ)が日本以外にある場合でも、日本特許で侵害を問えるのか」が論点になりました。
属地主義をめぐる二つの考え方
この問題に対しては、大きく分けて二つの立場があります。
(A)原則重視
すべての構成要件が特許成立国(本件では日本)に存在しなければ侵害は成立しないとする考え方です。
いいかえれば「日本の特許の効力を国外にまで及ぼすのは、属地主義に反する」とする厳格解釈の立場です。
構成要件の一部が外国にあれば、日本特許の構成要件のすべてが日本にはないので、特許侵害ではないということになります。
原則重視を徹底すると、サーバを国外に置くだけで侵害を回避できてしまい、システム特許の実効性が著しく損なわれてしまいます。
(B)実質重視
一部の構成要件が国外にあっても、全体として日本国内で実施されたと評価できる場合には侵害を認めるという考え方です。
構成要件の一部が外国にあったとしても、特許侵害が成立する可能性はある、とする柔軟解釈の立場です。
実質重視で解釈すれば、システム発明に対しても特許の効力を及ぼしやすくなります。
その一方、属地主義を緩和しすぎると、どこまでが侵害なのか予測が難しくなり、企業活動にとって不確実性が高まるという見解もあります。
裁判所の判断:東京地裁と知財高裁の分岐
本件では、この二つの考え方が裁判所の判断として明確に分かれました。
東京地裁:原則重視/非侵害
東京地裁(第一審)は、サーバがアメリカにある以上、日本国内で全構成要件が充足されていないとして、侵害を否定しました。
東京地裁は「システム全体としては要件を満たしている」こと自体は認めています。それでもなお、属地主義を厳格に解釈し、結論として非侵害としました。
知財高裁:実質重視/侵害成立
これに対し、知財高裁(控訴審)は、一転して特許侵害を認めました。
実質重視の判断です。
知財高裁は、属地主義の原則を緩和する上で、以下のような判断基準を提示しています。
(1)実施行為の具体的態様
(2)日本に存在する要素の機能・役割
(3)発明の効果が発現する場所
(4)特許権者の経済的利益に与える影響
ややわかりにくい判断基準ですが、今回のケースで言えばFC2のサービスについて「(3)発明の効果が発現する場所」がほぼ日本であることを重視したのではないかと思われます。
知財高裁の判断は、属地主義を緩和するとともに、緩和のための判断基準を示したという点で重要な判例になると思われます。
システム発明と属地主義の相克
本件が示した本質的な問題は、システム発明と属地主義の構造的な不整合です。
もともと特許法が想定していたのは、機械や製品といった「物理的に一国に存在する対象」です。しかし、現代のシステム発明は、通信ネットワークの大容量化・高速化のおかげで、構成要素を地理的に分散できるようになりました。
こうなると「発明はどこで実施されたのか」を一義的に定めること自体が困難になりますし、このような問い自体も意味を失いつつあります。
属地主義の原則を貫くならば、企業は容易にシステム特許を回避できます。
特許未取得国にサーバを置けばよいからです。あるいは、特許制度の弱い国にサーバを置くという抜け道も考えられます。
一方で、属地主義を柔軟に解釈しすぎると、今度は特許の射程が不明確になり、過剰保護の問題が生じます。
システム発明はユビキタスな性質を有するため、属地主義を前提とする特許制度とは本質的に相性が良くないのです。
技術と制度が噛み合っていないがゆえに、システム特許と属地主義には構造的な対立(相克)があります。
実務での対応:クレーム設計の重要性
請求項(クレーム)の切り口によって、属地主義リスクは大きく変わります。
たとえば、以下のような端末側、とくに、ユーザインタフェースに着目したクレームであれば、このような問題は生じなかったと考えられます。
・(どこかにある)サーバと接続される端末である。
・サーバから送られてくる動画を視聴できる。
・コメントを投稿できる。
・さまざまなユーザからのコメントが動画上に重ねて表示される。
・コメント同士は重ならないように位置調整されている。
「国内に存在する主体(クライアント)」にフォーカスすれば、構成要件の国外分散問題を回避できます。
サーバの機能を含めないようにしながら特許を取得するのはハードルが高いのですが、今回のようなケースを想定するとチャレンジする価値はあります。
システム発明では、
・システムのクレーム
のほかにも、
・サーバのクレーム
・クライアントのクレーム
・方法のクレーム
・プログラムのクレーム
といった多面的な権利化を図ることが重要です。
クライアントのクレームでも、通信や表示、操作、データ処理方法などさまざまな視点を設定することによって複数種類のクライアント・クレームを作ることができます。
属地主義は変わるのか
ドワンゴ対FC2判決は、属地主義を否定したわけではありませんが、システム発明と属地主義の構造的対立を改めて示しました。
知財高裁の判断は、属地主義を維持しつつも「現実に合わせて解釈を調整する」という方向性を打ち出したものといえます。
弥縫策のようにも見えますが、システム特許の実効性を確保するための法解釈を編み出したともいえます。
今後、クラウド、AI、ブロックチェーン、メタバースなどがさらに進展すれば、この問題は一層顕在化します。
その意味で本件は、特許制度の転換点となる画期的な判決になるかもしれません。
システム発明について特許を取得したいときには、
・属地主義の限界を理解し、
・国際分散を前提としてクレーム設計すること
が大切です。
参考:「システム特許の不都合」「外国出願:どの国に出願すべきか」