日本で特許権を取得すれば、日本にある被疑製品(特許権の権利範囲に入る製品)を排除できます。
しかし、外国で製造・販売している被疑製品に対して日本特許は無力です。被疑製品が日本に輸入されれば日本特許で迎撃できますが、被疑製品が日本に入ってくるとは限りません。外国でしか製造・販売していない被疑製品を排除するためには、日本だけでなく外国でも特許権を取得する必要があります。
万全を期すならば、なるべくたくさんの国に外国出願すべきです。
しかし、外国出願の対象国が増えると手間も費用も増えるため、現実的には、対象国を厳選することになります。
外国出願の対象国をどうやって選ぶか
おおむね、下記のような評価基準に基づいて対象国を選定します。
(1)市場性:特許製品(または被疑製品)がたくさん売れそうな国か
特許製品や被疑製品が売れそうな国であれば、特許侵害が発生する可能性が高まります。特許製品が高付加価値製品の場合、そのような付加価値に高いお金を払ってくれるような豊かな国でないと市場性はありません。また、いくら裕福な国であっても、特許製品に興味を示さない国にも市場性はありません。たとえば、アメリカでパチンコは流行っていないので、パチンコの発明についてアメリカに特許出願する必要はありません(市場開拓するつもりなら別)。
(2)生産性:被疑製品の生産拠点になりそうな国か
被疑製品の生産拠点になりそうな国に特許出願しておけば、特許侵害の発生源を直接叩けます。グローバル化により生産拠点が移動しやすい時代になったため、生産性よりは市場性等を重視すべきかもしれません。
(3)開発力:被疑製品を開発する能力をもっていそうな国か
被疑製品を開発する能力や意志があるかも検討ポイントになります。自社と競合関係にある外国企業は、自社製品と同じような製品を開発してくる可能性があります。技術開発を制約するために競合する外国企業の開発拠点国に特許出願します。
(4)知財重視度:特許権(財産権)を尊重する国か
多くの国は特許制度をもっていますが、特許権をどれだけ尊重するかは国によってまちまちです。特許侵害訴訟で特許権者が勝てない国では、侵害者は特許権を怖がりませんので特許権の効果も薄くなります。
(5)コスト:特許権の取得・維持にコストがどれくらいかかる国か
所得水準の高い国は総じて特許関連コストが高くなります。海外代理人の報酬や為替も影響します。
翻訳費用の問題もあります。アメリカに既に特許出願していれば、英語OKのヨーロッパやインドでは追加の翻訳費用はかかりません。一方、中国に特許出願するときには別途中国語翻訳の費用がかかります。
重要特許の場合、特許権の便益(ベネフィット)に比べれば特許取得コストなど微々たるものですが、特許出願時には将来的にその特許権がどれくらい重要になるか見通しにくいという実情もあります。
(6)特許取得の容易さ:特許審査が厳しい国か
国によって、技術分野によって、時代によって、特許権の取得のしやすさは変化します。
複数の国に特許出願したとき、(審査が厳しいとされる)A国で早々に拒絶査定をもらうと、他の国の特許審査にもネガティブな印象を与えてしまうのではないか、と懸念するクライアントもいます。逆に、A国で特許査定をもらうことができれば、他の国の特許審査にもポジティブな印象を与えることができる、という考え方もあります。審査官は他国の審査に影響されることはない、と言いますので実際のところはどうなのかわかりません。
各国寸評
外国出願の対象候補国について寸評します。クライアントのビジネス、技術分野、時代の流れなどいろいろなパラメータがありますので、あくまでも一般論です。
・アメリカ
裕福な国なので購買力が高いです。特許制度も充実しています。世界の特許訴訟の大多数はアメリカで行われているともいわれます。外国出願の対象国として真っ先に候補になりやすい国です。
外国人の特許権者はアメリカ人の特許権者に比べると特許訴訟の勝率が低いというデータもありますが、それはアメリカに限ったことではないと思います。むしろ、特許明細書(原文)や翻訳の品質の方が影響しているのではないかと推測されます。
・ヨーロッパ
ヨーロッパは、欧州特許庁(EPO)に対して特許出願します。市場の大きさは魅力的です。ソフトウェアやアミューズメント、ビジネスモデルなど、見えないもの、発明の効果を計測しにくいものなどは特許になりにくく、技術に対して総じて保守的な印象があります。特許関連コストも高い方です。
・中国
市場が大きい、生産拠点になりやすい、というイメージがあります。社会主義国なので特許制度の歴史は浅いのですが、ここ数年でかなり整備されています。
中国は知財を重視しつつあるため、中国人の特許権者に日本企業が現地で訴えられるケースも増えてくるのではないかとも言われています。そういうケースを想定すると、反撃用の中国特許をもっておいた方がいいのかもしれません。外国人の特許権(私権)をどれだけ本気で守ってくれるのかは未知数なところもあるとはいえ、特許権者が侵害訴訟で勝利する傾向が強まりつつあるようです。
・韓国
日本と産業構造が似ているため、日本企業と競合する韓国企業は多いです。韓国で競合製品が開発される可能性が高い場合には、韓国企業を牽制するために韓国特許を取得しておくという考え方もあります。
・台湾
エレクトロニクス製品の生産拠点になることが多いです。特許権者が特許侵害訴訟で勝ちにくいとも言われますが、案件ごとの事情があるので決めつけない方がいいと思います。中国語と台湾語は漢字が違うので、中国出願と台湾出願をするときには同一特許明細書では対応できません。
・インド
将来の市場として期待されています。特許制度は発展途上であり、インド出願はマイナーです。特許審査のスピードは非常に遅いです。あるインド代理人は、モディ政権になったのでスピードアップすると言っていましたが。英語でOKです。
外国で特許を取得するためには、たくさんの専門家がきっちりと連係プレーをする必要があります。外国特許の価値は、対象国だけでなく、発明の内容、特許明細書(原文)の品質、翻訳の品質、現地代理人(外国弁理士)のスキルと誠実さ、など多数の要因によって決まります。特に、現地代理人とのコミュニケーションは大切であり、対応に疑問をもったら思い切って現地代理人をチェンジするという判断も時には必要です。