財務諸表は、企業のカルテです。
財務諸表のひとつである貸借対照表(バランスシート)は、企業がどこから資金を調達し、調達した資金によってどんな資産を取得・形成したかを示します。
貸借対照表は、借方と貸方に左右分割されます。貸方(右側)は資金調達方法を示し、借方(左側)に資産が計上されます。
財務諸表がいつから使われ始めたのか、誰が発明したのかはわかっていません。少なくとも中世においては、ヴェネチアで広く使われていたそうです。日本では明治時代に本格導入されました。
これだけ長く財務諸表が使われ続けているのは、財務諸表の仕組みが優れている証拠といえます。
しかし、情報重視の時代となると、財務諸表が抱える問題点が大きくなってきているのではないかと感じます。
無形資産は情報資産
財務諸表は、有形物(モノ)を資産として記録します。モノ(土地、在庫、工場、有価証券)をいっぱいもっているほど、「裕福な企業」であると見なされます。
無形物を資産として記録することは不可能ではありませんが、無形資産は曖昧模糊としていて価値もわかりにくいため、資産として計上しづらいという事情があります。このため、財務諸表は有形資産中心の記載にならざるを得ません。
無形資産とは、ノウハウ(経験)、営業情報、マニュアル、人脈、ブランド(企業イメージ)・・・などの総称です。特許権も典型的な無形資産です。
無形資産とは「企業活動にとって有価値な情報資産」であると言えます。
多くの人は、無形資産が企業の収益力・競争力の源泉であると認識しています。
しかし、どんな無形資産(有価値情報)をもっていて、それらがどのくらいの価値があるのかをきちんと認識(言語化)するのはかなり難しいです。
コストはわかりやすいが価値はわかりにくい
今日の企業資産の大部分は無形資産なのではないかともいわれています。
多くのM&Aは、買収企業が被買収企業の無形資産を手に入れることを目的として実行されています。買収企業が被買収企業を企業資産価値よりも高い価格で買収するのは、財務諸表に織り込まれていない「無形資産」があるからだと説明されます。
実際、有形資産中心の財務諸表により認識される企業価値と、無形資産も含めた真の企業価値の乖離は大きいはずです。
無形資産の一種である特許権も、財務諸表には資産として記録されません。
特許権を取得するためにはコストがかかります。特許権を取得するためのコストは、研究開発費の一部として扱われます。100万円を投資して10億円相当の特許権を取得したとしても、「10億円の特許権をもっている」と財務諸表に記録することはできません。
例外として、他社から買った特許権なら財務諸表に記録できます。たとえば、A社がB社から3億円で特許権Pを買ったときには、A社の財務諸表に「3億円の特許権P」を資産として計上できます。とはいえ、第三者には特許権Pに3億円の価値が本当にあるのかどうかはわかりませんので、そういう観点から見ると財務諸表は怪しくなってきます(※ということは、知財専門会社(あるいは開発会社)を作り、知財専門会社が特許出願業務を行い、本社が知財専門会社から特許権を買い取れば、本社の財務諸表に特許権をどんどん資産計上できると思うのですが、ダメなのでしょうか。知っている人いたら教えて欲しいです)
上述したように、特許権は、原則として財務諸表に資産計上されないため、特許権の価値を万人に納得してもらうのは困難です。必然的に、特許権の価値を実感できるのは特許権を使う人たち、特許権を行使される可能性のある人たちに限られます。
一方、特許権の取得・維持コストは認識しやすいです。したがって、価値を実感できなければ、特許権=コストにしか見えません。
お金をいくら持っていても、お金を使う経験をしたことがなければお金の価値を実感できないはずです。特許権もどこか似ていると思います。
日本企業は割安?
株式指標のひとつにPBR(Price Book-value Ratio)があります。
PBRは、株価が1株当たり純資産の何倍まで買われているかを示します。簡単に言えば、企業が財務諸表に計上している純資産(≒(有形)資産総額-負債総額)と、株式市場で評価される企業の市場価値を比較するための指標です。
財務諸表に現れていない無形資産の存在まで考慮すると、企業には有形資産以上の潜在的価値があるはずですから、PBRは1.0よりもはるかに大きくなるはずです。
ところが、実際にはPBRが1.0にすら届かない日本企業はたくさんあります。純資産分すら株式市場で評価されていないということは、理論上、これらの日本企業は相当割安なはずです。
IR(Investor Relations)は、企業が投資家に向けて経営状況や財務状況、業績動向に関する情報を発信する活動をいいます。IRの目的は、財務諸表だけでは説明しきれないさまざまな情報を発信して投資家に安心してもらい、資金調達コストを下げることです。
もし、IRの一環として、特許権をはじめとする無形資産の質と量について上手に説明できれば、企業の潜在能力(真の価値)を認識してもらいやすくなるのではないか、と考えます。そうすればもっと株価も上がるかも。
どんな無形資産を持っているのかを認識し、無形資産に基づく収益力を説明することが経営に役立つ「知財活動」なのではないかと思います。