発明をすれば特許を取得できます。
発明というぼんやりとしたものは、特許法が指定する手続を経ることによって特許という資産になります。
特許になれば第三者との取引が可能になるので、「特許=商品」です。
特許法は、発明を特許という「商品」に変える仕組みを提供する法律です。
この手続を代行するのが弁理士です。
したがって、弁理士の仕事には、特許をつくるというクリエイター的な側面があります。
特許は商品なので、自由に売買できます。
自社で特許を使ってもいいですし、特許を他の企業に売ったり、貸し出したりして利益を得ることが可能です。
特許を担保にして、銀行などの金融機関から資金を借りる方法もあります。
これを「知財担保融資」といいます。
特許を持っていれば、ビジネス上の選択肢が増えます。
特許の扱いづらさ
とはいうものの、実際には、特許売買は活発ではありません。
その理由のひとつは、特許を売買するための流通市場が整っていないことです。
流通市場が整わないのは、特許の価格を決める要因の複雑さも一因です。
特許の価値は、さまざまな要因によって変わるため、みんなが納得できる価格を提示するのが難しいのです。
そのため、特許は「商品」として扱えるにもかかわらず、企業の財務諸表に載せることが難しいのが現状です。
結局、特許は「専門家でないと価値がわかりにくい商品」となっており、一般の人からはわかりにくい、認識しづらい資産だと言えます。
特許の「目利き」が少ないことも、特許売買が活発でない一因です。
特許価格の評価方法
特許を取引する際には、特許の「商品価値」を確認したくなります。
そのためには、特許を評価する方法、すなわち「評価のためのモノサシ」が必要です。
特許の評価は、大きく分けると、定性的評価と定量的評価という2種類があります。
定性的評価とは、特許の内容や技術の質を評価することです。
「どのくらい魅力的な技術なのか?」「どのくらい強い特許なのか?」を評価します。
定量的評価とは、特許の価格を算出することです。
これらの評価を通じて、特許がどれほどの価値を持つかを理解し、投資、取引、戦略的活用などに役立てることができます。
どちらの評価方法にも、決定打といえるほどのものは存在しません。
定量的評価に関しては、いくつかのスタンダードな方法が存在します。代表的なものは、コスト・アプローチ、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチです。
これらの方法以外にもさまざまな提案がされていますが、基本となるのはこの3つです。
コスト・アプローチ
コスト・アプローチとは、特許や技術を取得・開発するために必要なコストに基づいて、その特許の評価額を算出する方法です。
コスト・アプローチには、評価対象特許を取得するまでに実際にかかった過去のコストを元に評価するヒストリカルコスト法や、同じ技術をこれから開発するとしたらという仮定を元に評価するリプレイスメントコスト法があります。
日本の場合、特許出願1件の創出につき約7600万円の研究開発費を投入している計算になります(「日本人の生涯平均発明件数」参照)。
研究開発費を含めず、知財コストだけを対象として考える場合もあります。そうなると評価額はかなり下がります。
コスト・アプローチには、未利用の特許でも評価できる、実際に支出されたコストを参照する方式なので客観的でわかりやすい、現行の会計制度と整合しやすい、といったメリットがあります。
一方、コストをかけたから価値があるとみなすことは不自然、なにを「コスト」として含めるかによって価値が変動する、特許特有の価値、ユニークさを考慮できないといった批判もあります。
マーケット・アプローチ
マーケット・アプローチは、特許が実際に取引されている類似事例を参照し、その取引価格をベースとして評価額を算出する方法です。
要するに、同じような特許がどれくらいの価格で売買されているかを見て、評価額を決めるというシンプルな評価方法です。
マーケット・アプローチのメリットは、実際の市場取引価格を参考にしているので評価額に対する納得感を得られやすいことです。
一方、特許売買が活発ではないので類似事例を見つけるのが難しい、類似事例があったとしても取引情報が開示されることは少ない、ユニークな技術だからこそ特許になっているので「類似事例」が存在するという前提自体がおかしい、といった批判もあります。
インカム・アプローチ
インカム・アプローチは現在の主流とされています。
インカム・アプローチは、特許や技術が事業活動に利用されることで生み出される収益(インカム)の規模に基づいて、特許の評価額を算出する方法です。
インカム・アプローチには、この特許を仮に保有していなかったとしたらライセンサー(特許権者)に支払わなければならなかったと想定されるロイヤリティ(ライセンス料)から評価額を算出するロイヤリティ免除法、この特許を保有していることにより得られると予想される収益(超過収益)から評価額を算出するDCF(Discounted Cash Flow)法など、いろいろなものがあります。
インカム・アプローチは、特許の収益力、いいかえれば、特許特有のよさを評価できるという点においてはコスト・アプローチやマーケット・アプローチよりも優れています。
特に、DCF法は金融業界では標準的な考え方を特許に応用したものなので、金融の感覚になじみやすいというアドバンテージもあります。
その一方、ロイヤルティ率、将来の収益予測、割引率など仮定の数値に依拠する評価方法であるため、評価額はどうしても主観的なものになってしまいます。
このほか、未使用特許の評価に向かない、新市場を切り開くような斬新な特許を評価しづらい、特許を利用する企業の売上規模によっては非現実的な評価額になってしまう、などの問題点が指摘されています。
積極的価値と消極的価値
特許の価値には、積極的価値と消極的価値という2種類の価値があります。
積極的価値とは、特許を活用することで収益を上げられるという期待に基づく価値です。
特許を積極的に活用することによって生じる価値です。
消極的価値とは、特許を保有することによって他社の動きを制約することによる価値です。
他社をコントロールする力として生じる価値です。たとえば、無償で他社に使わせるオープン型の特許にも戦略的価値はあります。
消極的価値まで考慮すると、特許評価はいっそう難しくなります。
特許が直接収益を生むわけではなく、他社の参入を防いだり、開発自由度を制約するといった間接的な利益を生むからです。
このような価値は、通常の評価方法では見逃されがちです。
取引価格の納得感
特許の取引が行われれば、取引価格が成立します。
たとえば、A社がある特許Pを3000万円でB社に売ったとします。
A社は3000万円の収入を計上し、B社は3000万円の支出を計上します。
このときには、B社の財務諸表には、「3000万円の特許P」が資産として記録されます。
双方が納得していれば問題はないのですが、3000万円という価格が客観的に見て適切なのかどうかは別問題です。
売り手は、特許の販売価格をいくらに設定すべきなのか知りたいことがあります。
あるいは、売り手は、保有特許を3000万円くらいで売りたいと思っていても、その販売価格が妥当であるとする根拠が欲しい、買い手に説明できるだけの理論的裏付けが欲しいはずです。
買い手についても同じです。
このような場合、双方が納得できる取引価格を見つけるために、各種評価法を使って評価額を算出します。
売り手と買い手がお互いに理論的根拠のある価格を提示できれば、交渉もやりやすくなります。
アメリカには、オークション形式で特許を売買する業者もいます。
オークションの場合は、自然と市場価格が形成されるため、売り手と買い手双方が価格に納得しやすいという利点があります。
とはいえ、「いくらまでなら買うべきか」という心算を持って買い手はオークションに臨むはずなので、根拠のある評価額を知りたいというニーズがなくなるわけではありません。
価値は人による
更に難しいことに、特許の価値は、特許を使用する人や企業によっても変わります。
ある技術が特定の業界や企業にとって有益であればその価値は高く評価されますが、他の業界では全く必要とされない場合、その価値は低くなります。
たとえば、ある半導体特許が半導体メーカーにとっては非常に重要であっても、製鉄メーカーにとってはまったく価値がないかもしれません。
特許に限りませんが、価値というものは人によって変わります。
ゴッホの絵が高いのは、ゴッホの絵に価値があると思っている人が多いからです。
このため、ゴッホの絵に興味がない人でも、ゴッホの絵なら安心して購入できます。
ゴッホの絵なら必ず売れる、欲しい人が必ずいるという確信があるからです。
ゴッホの絵のように、多くの人によって価値が認められているものは市場で流通しやすくなります。
価値には、自分にとっての価値と他人にとっての価値という2つの側面があります。
たとえば、自分は欲しいけれども誰も欲しがらない商品なら、安く手に入れることができます。
一方で、自分は興味がないとしても、多くの人が欲しがっているような商品の価格は高くなります。
多くの人が欲しいとか、価値があると思っている商品であれば、市場性が出てきます。
特許の目利きができれば、自分には必要なくても、多くの人が欲しがりそうな特許を見極めることができます。
そうした特許を安く購入しておき、将来的に高く売却することで収益を得ることもできます。
特許の取引が増えてくれば、特許の商品性がクローズアップされてくるはずです。
参考:「特許の価値をどうやって決めるか」「日本人の生涯平均発明件数」