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特許を潰したいときにはどうすればいいのか

三谷拓也 | 2024/09/29

世界初の発明だから特許だと認められる


ある発明が特許として認められるためには、その発明が世界初でなければなりません。

日本初ではなくて世界初です。

つまり、地球上の誰も今までに考えたことがなかったアイディア(発明)であることが特許の条件となります。

特許庁の審査官は、特許明細書の請求項(特許請求の範囲)に記載されている発明が過去に存在していなかったかどうかを調査し、世界初のようだと判断すれば特許を与えます。
特許を取得すれば、特許出願人(発明者が所属する企業であることが多い)にはその発明の独占使用が認められます。


とはいえ、特許審査は完全無欠ではありません。

審査官も過去のすべての技術を把握することは難しいため、世界初ではない発明に特許が認められてしまうこともあります。
特許審査では見逃されていたけれども、後から「この発明は既に他の人が考えたものと同じだった」と判明することもあります。

世界初ではないことが判明すれば、その特許は無効になります。
特許が無効になれば、その発明を独占使用する権利は失われます。

つまり、特許は、いったん認められたとしても、後から覆される可能性があります。

特許を無効化する


特許を無効にするためには、特許発明が世界初でないことを証明すればいいということになります。

特許発明が世界初でないことを証明する文献のことを「無効文献」と言います。
無効文献を探す作業のことを「無効調査」と言います。
無効文献を分析し、特許を無効にできる可能性を検討する作業のことを「無効鑑定」と言います。

無効調査の目的は無効論理を作ること


ある特許発明A1(特許P1)を無効化したい、という場面を想定します。

無効調査では、特許発明A1を記載している無効文献を探します。
無効文献の対象として最も一般的なのは特許文献です。
世界中の技術関連資料の大部分(約7割とも言われています)は特許文献です。
特許文献に限らず、論文、書籍、ネット記事、YouTubeのような動画でも無効文献になることができます。

無効文献は、特許出願日よりも前に公開されていなければなりません。
特許文献やネット記事なら公開日、動画ならアップロード日時が重要です。

公開日が出願日より1日でも遅れていれば無効文献としては使えません(一部例外はあります)。

無効調査は、大量の文献を検索し、その内容を読み、特許発明A1を否定できそうな無効文献を探し出すという宝探しのような作業です。

無効文献に特許発明A1が完全に記載されていれば、特許発明A1は「世界初ではない」ということになるので、特許P1は無効となります。

つまり、特許発明A1が世界初でないことを証明するために無効文献を探すというのが無効調査の目的です。
ただし、審査官も調査した上で特許にしているので、有効な無効文献が本当に存在するのかどうかはわかりません。

特許発明A1を完全に記載する無効文献でなくても、その無効文献に記載された技術を参考にすれば簡単に特許発明A1を思いつくことができそうだといえるほど近い技術が記載されている無効文献があれば、特許P1を無効にできる可能性はあります。

ここで重要なのは、発明者がその無効文献を知っていたかどうかは関係がないということです。

1.特許P1の出願前に特許発明A1に近い内容が無効文献によって公開されていた。
2.公開当時にその無効文献を見たことがある人なら特許発明A1を思いつくことができたはずである。
3.特許発明A1は世界初というほどの発明でもないということになるので無効である。
という「無効論理」を作ることが無効調査の目的です。

どんな無効文献が有効か?


たとえば、特許P1の請求項に「特許発明A1=a+b+c」と記載されているとします。
特許発明A1について「a部材とb部材とc部材を備える」と請求項に記載されているとき、特許発明A1の構成要件は「a、b、c」の3つです。
 
構成要件a、b、cを組み合わせることで特許発明A1が成立しているということです。

無効文献X1が見つかり、この無効文献X1には「a、b、c」のすべてが記載されていたとします。
このような無効文献X1は最高の無効文献です。
無効文献X1を示すことにより、特許発明A1(特許P1)は確実に無効になります。
特許P1の前提が崩れるからです。

あるいは、無効文献X2,X3が見つかり、無効文献X2に「a、b」、無効文献X3に「c」が記載されていたとします。
無効文献X2,X3を見た人なら、2つの無効文献を組み合わせて「特許発明A1=a+b+c」を思いついたはずだと判断されれば、無効文献X1、X2を示すことにより、特許発明A1(特許P1)は無効になります。
ただし、無効文献X2,X3を組み合わせて特許発明A1を思いつくことができたという無効論理に無理があると判断されれば、特許は無効になりません。

多くの無効文献を組み合わせるほど、無効論理は不自然になってくるので、特許の無効化は難しくなります。

無効鑑定では、無効調査によって探し出された無効文献に基づいて、無効論理の構築を試みた上で特許無効化の可能性(成功率)を検討します。

無効資料X1のように、特許発明A1の構成要件のすべてを記載する無効文献を見つけることが理想です。

2番目にいいのは、特許発明A1の構成要件のすべてを記載しているとはいえないけれども、「記載内容+一般常識」により特許発明A1の構成要件のすべてが実質的に記載されていると言えるような無効文献です。

3番目に有効なのは、無効文献X2,X3のように、特許発明A1の進歩性を否定するための無効論理を構築できる複数の無効文献の組み合わせです。

とはいうものの、いったん成立した特許を無効化するのはそう簡単なことではありません。
その一方、無効調査を徹底的にやるほど有効な無効文献が見つかる可能性は高くなるというのもまた事実です。

無効調査の料金


無効調査は、調査会社が行うこともありますし、特許事務所が行うこともあります。
無効調査の料金は、一般的にはタイムチャージ(従量制)です。
無効調査の予算が示されれば、予算に応じて調査時間を決めて無効調査を行います。

使えそうな無効文献が見つかっても、調査時間に余裕があれば調査を続行してもっと良い無効文献を探します。
あまり良い無効文献が見つからなくても、調査時間に達してしまえばその時点で無効調査は終了となります。

無効調査の予算は、30~50万円くらいが一般的です。

とはいえ、もっと簡易な無効調査もありますし、予算を気にしてはいられないほど重要な無効調査もあります。

たとえば、100億円の損害賠償を請求されるような特許訴訟であれば、良い無効資料さえ見つけることができれば100億円の支出を回避できるので、無効調査は徹底的なものとなります。

無効調査の方針の決め方


無効調査は、漫然と無効文献を探すよりも、「どのような無効論理を作りたいのか、そのためにはどんな無効文献が欲しいのか」というイメージを明確にしておく方が効率的になります。
たとえば、特許発明A1の構成要件「a、b、c」のうち、「c」が特徴的な構成、いいかえれば、特許性の核心であるとします。構成要件「a」と「b」が比較的常識的な構成要件であれば、特許発明A1と同一の技術分野Tにおいて「c」を記載する無効文献を探すことに注力します。

技術分野Tに関する無効文献X4には「c」が記載されているものの「a」と「b」ははっきりと記載されていなかったとします。
もし、特許発明A1の属する技術分野Tにおいて構成要件「a」と「b」は常識的な構成であるのならば、この無効文献X4は有効です。
技術分野Tにおける技術常識に鑑みれば、無効文献X4を見たことがある人なら特許発明A1を思いつくことはそれほど難しいことではないという無効論理を作ることができるからです。

したがって、無効調査では、特許発明A1と同一の技術分野Tにおいて特徴的な構成要件である「c」を記載している無効文献を探す、という目的を設定します。

もちろん、「c」だけでなく「a」「b」も記載しているような無効文献があればベストです。しかし、「a」「b」を記載しているだけで「c」を明示していない無効文献はあまり有効ではありません。そのような無効文献は技術分野Tにおける技術常識を示しているだけだからです。

一例として、「二足歩行が可能であり、人が多く集まっている賑やかな場所を見つけるとそこに移動するロボット」に関する特許発明A2(特許P2)を想定し、この特許P2を無効化したいとします。

特許発明A2のポイントは、「賑やかな場所を見つける」という機能です。
二足歩行は技術常識なので、特許発明A2の核心ではありません。

自動移動可能なドローンに関する無効文献X5が見つかったとします。
ドローンもロボットの一種なので特許発明A2と技術分野は近いと言えます。
無効文献X5に「このドローンは外部音声に基づいて移動先を決めてもよい」という程度の記載があれば、無効文献X5に基づいて「賑やかな場所に自動的に移動する」というアイディアを思いつくのは簡単である、という主張が可能となります。
二足歩行は技術常識にすぎないので、ドローンで実現していた上記機能を二足歩行ロボットに応用することはそれほど難しいことではありません。

もし、無効文献X5に「大きな音が聞こえたらそこに向かう」という記載があれば更に有力です。
無効文献X5が、マイクで音声を集音し、音の大きさを判断し、音源に向かって移動するか否かを判断するというアルゴリズムを記載していれば更に望ましいといえます。
あるいは、音声に限らず、「画像認識により人物が密集している場所を見つけて移動する」という内容を記載している無効文献でも有効です。

特許発明を完全開示していなくても、特許発明と同じ発想や着眼点が見える無効文献も有効です。
発明には特有の着眼点や課題認識があることが多く、その着眼点が「新しくない」ことを示す無効文献も無効論理を構築する上ではとても役に立ちます。

たとえば、タクシー会社に対してLINEで「迎車スタンプ」を送るだけで、タクシーが迎えに来てくれるという特許発明を想定します。
この特許発明は、「LINEスタンプを(会話ではなく)コマンドとして使う」という着想にユニークさがあるので、なんらかの送信画像をコマンドとして機能させる技術を記載している無効文献さえ見つけることができれば、この特許発明の特許性(ユニークさ)は怪しくなります。

このように、特許発明のユニークさを否定してくれる無効文献も大変有効です。

たった一文でも無効文献の有効性は変わる


特許発明の核心的な構成要件は、無効文献の本論以外に書いてあることもあります。
特許発明A1の場合、たった1行でも核心的構成要件「c」に触れている無効文献であれば充分に有効です。
たとえば、特許明細書の最後の方に変形例として、「なお、本装置はcを備えてもよい」のようなひと言が書いてある可能性もあります。

弁理士も、後願排除効を狙って、変形例として発明のバリエーションを書いていることがあります。
後願排除効とは、後から類似・関連した内容の特許が成立するのを阻止するための記載のことです。
本論とは関連性の薄い変形例が書かれていることもあるので、無効調査では変形例までしっかりと読み込む必要があります。

「特許発明と雰囲気は似ているけれども記載不十分で使えない」と判断した無効文献を改めて読み直したところ、変形例のところに欲しかった情報がさりげなく書いてあったということもあります。

無効調査では、調査範囲を広げることも大事ですが、1件の無効文献をしっかり読むことも大事です。
このときにも、特許発明A1が対象であれば「cを探す」という強い目的意識をもって無効文献を読むことで見逃しを防ぎやすくなります。

無効調査は、調査時間も大事なのですが、調査者の「見つけてやろうという意欲」も調査成果に大きく影響します。

したがって、見つけ出した無効文献と特許発明の類似度に応じてボーナス(賞金)を出すなどの設定をすると、良い無効文献が見つかりやすくなるかもしれません。
類似度については、公平を期するために、あらかじめ決めておいたソフトウェアで判定することにしておけばいいのではないかと思います。

参考:「係争実務/特許侵害訴訟(3)_警告への対応」「鑑定の経済的価値に関する試論