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鑑定の経済的価値に関する試論

三谷拓也 | 2018/12/26

リスクの見積もり


 自社製品が他社特許権Pを侵害しているかもしれないとします。侵害リスクが顕在化(露見)したときの損害額dを10億円と想定してみます。
※損害額dは、直接的な損害賠償だけでなく、自社製品の出荷差止めリスク、レピュテーションリスク、裁判や交渉に時間を取られることによる業務停滞なども考慮したものとします。

次に、侵害リスクが顕在化する確率(顕在化確率)p1を10%と想定します。
※顕在化確率p1は、特許権者が実際に権利行使をしてくる確率pAと、裁判において特許侵害と認定される確率pBの双方に依存します。特許侵害と認定される確率pBが高い事案ほど権利行使される確率pAも高くなると考えられます。また、特許権Pが無効化される可能性もあります。


 以上を前提とすると、他社特許による損害額の期待値y1は、
y1 = d × p1+0 × (1-p1) = 10億円 × 10%+0円 × 90% = 1億円
となります。

もちろん、こんなに単純に割り切れるものではありませんが、大枠の考え方はこんな感じだろうと思います。

設計変更によるリスク低減の見積もり


自社製品と他社特許権Pの抵触鑑定を行い、鑑定結果を踏まえて自社製品の一部について設計変更したとします。設計変更の結果、顕在化確率p2は1%に低下したとします。

設計変更にともなうコストcを5000万円と想定します。
※コストcは、設計変更にともなう追加の開発コストだけではなく、製品のリリースが遅れるリスクや製品の魅力の低下にともなう売れ行きの悪化リスクなども考慮したものとします。もちろん、設計変更によって製品が洗練されてむしろ売れ行きが良くなることもありえます。

損害額dに変更がないと仮定すると、設計変更後の損害額の期待値y2は、
y2 = d × p2+0 × (1-p2)+c = 10億円 × 1%+0円 × 99%+5000万円 = 6000万円
となります。

上記例の場合、設計変更により、損害額の期待値が4000万円下がります。
※y2-y1=6000万円-1億円=-4000万円

適切な設計変更を施すことで4000万円分のリスクを減らすことができたといえるため、この抵触鑑定には4000万円の値打ちがあったと考えることもできます。

設計変更をしないという選択


別例として、設計変更前の顕在化確率p1を3%とします。設計変更後の顕在化確率p2を1%と想定します。
他の条件が同じであれば、y1=3000万円、y2=6000万円となります。

こうなると、(計算上は)設計変更をした方が損です。多少のリスクを覚悟しても設計変更はしないという選択もあり得ます。

以上はあくまでも期待値に基づく話です。3%といえども10億円の損害が発生するリスクは看過できないから設計変更した方がいい、という考え方もあります。

鑑定は経営判断のための材料を提供します。
鑑定の結果に基づいて意思決定をするのは企業(クライアント)です。

リスクの定量感


抵触鑑定をしたとしても、設計変更をしたとしても、リスクはゼロにならないかもしれません。未来を確実に見通すことはできませんので、「(多少なりとも)リスクがあるからやめておいた方がいい」というアドバイスをする方が楽です。

そうはいっても、ビジネスには、多少のリスクをとらないと充分な成果を得られないという側面もあります。

抵触鑑定は、「侵害」と「非侵害」を2値判定するものではなく、企業のリスクマネジメントのために、リスクの大きさ(危険度)をある程度は定量的に示すことが必要ではないかと思います。

リスクに敏感になりすぎて魅力的な商品を作れなくなるのもよくないですし、リスクに鈍感になりすぎて大きな被害を受けることも避けたいです。

抵触鑑定においてはできる限りデータを集め、侵害を主張するための論理と非侵害を主張するための論理を考え、双方の論理を公平に見比べた上で、最後は勇気をもって専門家としての見解を示すしかないのではないかと思います。

予防的な鑑定と対処的な鑑定


製品企画段階など相手方から権利行使されていない段階で抵触鑑定を依頼されることもあれば、相手方から特許侵害の旨を通告されたあとに抵触鑑定を依頼されることもあります。

前者は予防的な鑑定であり、後者は対処的な鑑定といえます。

前者(予防型)の場合であれば、設計変更の可能性を残しながら柔軟に対策を考えることができます。一方、後者(対処型)の場合、相手方が特許侵害を確信していることも多いです。このため、後者の抵触鑑定においては、自社製品が特許侵害をしていないと反論するための論理を作ることを求められることになります。