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マイルール製造法としての特許法

三谷拓也 | 2018/12/08

マイルールを作る


弁理士の仕事をはじめたころ、特許法とは要するに立法ツールなのではないか、と思うようになりました。特許権の請求項は、本質的には、法律の条文と同じ効果をもちます。

たとえば、

【請求項1】 ボタンを押すと、自動的に適量のお茶が出てくる給茶装置。

という請求項を含む特許権Pが成立した場合、以後、特許権者以外の誰も「ボタンを押すと自動的に適量のお茶が出てくる装置」を作ることも売ることもできなくなります。たまたまこのような給茶装置の販売を計画していた事業者は、特許権Pが成立すると事業計画を潰されてしまいます。

 
特許権Pが成立するということは「今後、特許権者以外の人は『ボタンを押すと、自動的に適量のお茶が出てくる給茶装置』を作ったり売ったりしてはならない」という新法ができたようなものです。

契約書は当事者だけを拘束し、当事者以外には影響しません。一方、日本の特許権は、日本にいる人すべてを対象とします。「ボタンを押すと自動的に適量のお茶が出てくる装置」を製造販売しようと思っている人が少ないので、大多数の人には影響がないように見えるというだけです。ただし、一部の人には深刻な影響をもたらします。

特許出願するということは、特許法という立法ツールをつかって「マイルール(自分に有利な法律)」をつくろうとすること、解釈できます。

しかも、特許権には、一般的な法律と同様、マイルールを守らせる強制力もあります。差し止め、罰金、懲役など、国家権力によって違反者を取り締まるメニューも整備されています。

企業は、自らのマイルールを適用できる範囲(ナワバリ)、または、誰のマイルールも及んでいない範囲(フリーゾーン)でビジネスを展開します。マイルールによって多数の消費者をキープできれば儲かります。

外国にもマイルール


さらに、日本人であっても、アメリカで特許権を取得すれば、アメリカでもマイルールを強制できます。逆に、アメリカ企業が日本特許を取得すれば、日本国内の事業活動であろうともアメリカ企業のマイルールに制約されることになります。

したがって、技術力に自信のない国は、外国企業(特に先進国の企業)がどんどん自国で特許権を取得してしまう事態、つまり、自国のビジネス可能領域を外国企業にどんどん占領されてしまう事態を懸念し、特許権の効力を抑制したいという気持ちになりやすいです。

知的財産権を国際問題にしたがるのはだいたい先進国です。先進国は、当然、自分たちが作った多数のマイルールをどこの国でも守らせたいと考えます。

日本の場合、一般的な法律は、内閣法制局や委員会など各種機関で慎重に審議された上で成立します。一方、特許権は、原則的には、特許庁審査官と代理人(弁理士)の交渉で成立します。
審査官はなるべく狭い権利(他社への影響が大きくなりすぎない弱い権利)にする、あるいは、特許権を与えない方向で交渉に臨みます。弁理士はなるべく広い権利(他社に影響する強い権利)を取得しようとします。

ゲームのルールを変化させる


 平成8年に下記のような特許出願(特開平8-251999号)がなされています。この特許出願は下記のような請求項を含みます(※一部誤記を修正)。

【請求項1】 すべての物や空間や時間。
【請求項2】 ここに書かれているすべての事。すべての手段利用で読む。すべての目で読む。ここで学んだすべての目を利用して読む。
【請求項3】 ここで関わるすべての法律又は法則。
・・・
【請求項30】 世界中、宇宙中のすべてのありとあらゆる事。

日本のすべてを手中に収めようとするかのような内容です。特許権として成立すれば、日本ではほとんどなにもできなくなります。「すべての物」を使用することも作ることも売ることもできません。物も時間も売ることができないとなれば、取引も時間労働も禁止となるので、日本中のビジネス活動が停止します(もちろん、特許権として成立していません)。

奇妙な特許出願ですが、特許法の本質を考える上で、考えさせられる内容でもあります。

AさんがBさんに自分のもっている特許権を移転するとき、Aさんは「マイルール」をBさんの「ユアルール」に変更しているといえます。特許権を取得したり、ライセンスしたり、移転したりという知財活動は、ビジネスというゲームのルールをプレイヤ(事業者)たちがどんどん変更する活動と見ることができます。

ビジネスは、市場と法律によってプレイ条件(事業環境)が変化するゲームとみなすこともできます。特許法とは、ビジネスのルール作りに合法的に介入するツールだと言えます。

ということは、知財部の仕事の本質は、ルールを作り、ルールを守らせ、ルールの変化を察知することではないかと思います。