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特許出願は早い方がいいとも限らない

三谷拓也 | 2024/08/24

本当に特許出願を急ぐべき発明なのか?


特許出願は「早い者勝ち」です。
したがって、発明をしたらできるだけ早く特許出願することが重要であると言われます。

以上は原則論ですが、それが適切とはいえない発明もあります。

発明には、発明が実現可能であるという一応の見込みが立つ可能段階と、発明が実際に実現(商品化・事業化)される実現段階があります。
可能段階と実現段階は一致するとは限りません。


発明の実現可能性を説明できる程度の完成度があれば、いいかえれば、発明が可能段階にあれば特許を取得できます。
とはいえ、特許は発明が活用された商品や事業を守るためのものなので、発明が実現段階になければ特許は機能を発揮できません。

たとえば、どこかの研究所で新デバイスが発明されたとします。
いままでにない発想であり、技術的にも可能であることが検証できたので、特許になることは確実です。
しかし、商品化のためにはまだまだ研究すべきことが多いため、いつ商品化できるかはわかりません。
こういう発明の場合、可能段階から実現段階までのインターバル(時間差)が相当長くなります。

以下においては、ある発明の特許が存続している期間のことを「特許期間」、この発明をつかった商品が販売される期間のことを「事業期間」とよぶことにします。
特許期間と事業期間がしっかりと重なっていれば、特許の価値は最大化されます。
 

特許期間と事業期間が重なるか?


例1:可能段階と実現段階が近いとき

図1に示す例では、発明はすぐに商品化されています。



既存製品の改良発明のように商品化が予定されている発明の場合には、発明の可能段階と実現段階が近くなります。
大部分の特許が対象としている発明は、現在または近未来の商品化を想定した堅実な発明です。
実現段階が近い発明は、他社も同じような発明をする可能性が高いので早めに特許出願をした方がいいです。
事業化(商品化)が近いため、特許期間と事業期間もしっかりと重なります。

例2:可能段階から実現段階まで時間がかかるとき

図2に示す例では、発明はすぐに商品化されていません。


商品化が遅くなると、事業期間前に特許期間が終了してしまう可能性があります。あるいは、特許期間の一部しか事業期間と重ならないということもあります。
特許期間と事業期間が重ならなければ特許としての意味は半減します。

商品化まで時間がかかりそうな発明の場合には、図3に示すように、特許出願を遅らせることで特許期間を後ろ倒しさせます。


すなわち、発明をしてもすぐには特許出願をせず、商品化の目途が立ってから特許出願します。
特許出願を遅くすれば、こういうタイプの発明でも特許期間と事業期間を重ねることができます。

特許制度には、
(1)発明は、特許出願から1年半(18ヶ月)後に公開される。
(2)自社・他社のいずれであっても、いったん公開された発明と同一類似の発明で特許を取得することはできない。
というルールがあります。

他社が自社発明に似た発明について先に特許出願をすると、自社は特許を取得できなくなります。このため、特許取得という観点から言えば、特許出願は早いほうがいいです。
しかし、図2に示したように、特許出願が早すぎた結果、特許期間と事業期間が重ならなくなると特許は本来の価値を発揮できなくなります。
図3のように、なるべく遅く特許出願して特許期間と事業期間をしっかりと重ねるのが理想ですが、特許出願を遅くするほど他社に先に特許を取られてしまうリスクが出てきます。

このようなリスクに対処しつつ特許期間を先送りするためには、いくつか戦術があります。

戦術1:特許出願と取り下げを繰り返す。


特許出願の取下げと再出願を繰り返すことで特許期間を先送りしつつ、他社動向を常に警戒する戦術です。


まず、発明Aで特許出願(1)をしたあと、特許出願(1)を公開寸前に取下げます。
取り下げると同時に同内容の特許出願(2)をします。
要するに「出し直し」です。
特許出願(1)は未公開であれば、発明Aが公開されることもないので、特許出願(2)により特許を取得することは可能です。

特許出願(2)の公開時期になっても「発明Aの特許性は薄れていない(特許性)」「発明Aの実現段階までは時間がかかる(実現性)」と判断できれば、特許出願(2)を公開寸前に取下げます。
取り下げると同時に同内容の特許出願(3)をします。

発明Aの商品化が近くなれば特許を取得します。
あるいは、他社が発明Aに思いつくかもしれないほど世の中の技術レベルが上がってくれば、他社に出し抜かれる前に特許を確保します。

図4ではn回目の特許出願(n)については取り下げずに特許を取得しています。

特許出願の取り下げと再出願を繰り返し、他社に先んじられるリスクを考慮しつつ特許期間を後ろ倒しさせることで、特許期間が事業期間と重なるようにします。

図4の場合、特許出願(1)と特許出願(2)の間には18ヶ月あります。
18ヶ月ごとに特許性と実現性を判断することになります。
この判断を9ヶ月ごとしたい場合には、図5のように特許出願(1)の9ヶ月後に発明Aと同内容の特許出願(2)をします。


図5に示す方式の場合、同一内容の特許出願を2件併存させることになります。特許出願を併存させることで判断頻度を上げることができます。
特許法には、同一内容の特許出願を複数出すことを禁じる規定はありません。

戦術2:発明を小出しにする


 発明を小分けにして時間差をつけて複数の特許出願にすることで特許期間を実質的に延ばす戦術です。
 

通常、基本発明Aが生まれたとき、基本発明Aの関連発明a1、a2、a3・・・も生まれます。
基本発明Aの関連発明とは、基本発明Aを実施する上で不可欠な補完型の発明、基本発明Aの欠点を補う発明、基本発明Aの良さを強化する発明などです。

発明Aだけで充分に特許性があるのなら、関連発明a1等は特許明細書に記載せず、シンプルな特許出願にします。
発明Aについての特許期間が満了する前に、発明(A+a1)で追加の特許出願をします。
こうすれば、発明Aについての特許期間(A)が満了したあとでも、発明(A+a1)についての特許期間(A+a1)を残すことができます。

発明a1は小発明で充分ですし、むしろ小発明である方が望ましいと言えます。

発明Aを商品化するときには発明a1も実装せざるを得ない場合には、特許(A+a1)でも自社製品をしっかりと守ることができます。

発明a1が小発明である場合、発明Aの公開後に特許(A+a1)を取得するのは難しくなるかもしれませんが、発明a1の重要性をしっかりと説明する論理を用意しておけば特許化は決して不可能ではありません。
特許出願(A)と特許出願(A+a1)に時間差をつけることにより、特許期間を実質的に延長できます。

特許出願(A)をしたあと、関連発明a1等については、将来の特許出願に備えて秘密管理(ストック)しておきます。

ただし、開示された発明Aを見た他社が発明(A+a1)を思いついて特許出願するかもしれないので、他社動向を充分にウォッチしておく必要があります。
 

特許の価値を最大化する


早期に特許出願するほど、特許は取得しやすくなります。
一般の技術レベルから隔絶している発明ほど、特許を取得しやすくなります。
一方、先進的すぎる発明で特許を取得すると、特許期間と事業期間がずれてしまうリスクがあります。
時代に先駆けすぎる発明は、自社の「秘密資産」としてストックしておくという対応もときには必要になります。

発明をしたときには、特許期間と事業期間の重ね合わせも考慮して特許出願のタイミングを検討することにより、特許の価値を最大化できます。

参考:「特許の価値をどうやって決めるか」「未来を予測した特許出願