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特許活用を推進するための試案

三谷拓也 | 2024/07/31

特許の存続期間


特許の存続期間は、出願日から20年で満了します(※医薬品などに関して一部例外があります)。

特許権者は毎年特許料(年金)を支払います。特許料を支払わなければ存続期間満了前でも特許は失効します。
特許料は、最初は数千円/年ですが、維持年数が長くなるとどんどん高くなります。

つまり、新技術には特許という独占実施権を与えるけれども新技術の長期独占はして欲しくないという、古い特許に厳しい制度設計になっています。
諸外国でもだいたい同じような制度設計です。


現実に多くの特許は存続期間満了前に失効しているので、この制度は狙い通りに機能していると言えます。
とはいえ、存続期間満了までしっかり維持される特許もたくさんあります。

以下、特許になった発明・技術のことを「特許技術」とよびます。

推進力と阻害力


特許法の目的はイノベーションを促進することです。

イノベーションのインセンティブとして、特許技術の独占実施権を国家保証します。
独占実施が保証されるので、特許権者は特許技術を使って事業を有利に進めることができます。
一方、特許の存続期間中には他社は特許技術を利用できませんので、他社は特許技術を活用した新発明を思いついてもそれを実施することはできません。

特許には、イノベーションの推進力と阻害力という両側面があります。
 

特許ライセンス交渉


特許権者は、他社に特許のライセンス(使用許可)を与えることもできます。
たとえば、特許権者であるA社は、B社に特許技術を使わせる代わりに、B社からロイヤルティとよばれる特許使用料をもらいます。

これなら、A社にもメリットはあります。

特許ライセンスはA社とB社の交渉によって成立します。
B社がA社の有力取引先であるなど他の要因があれば別ですが、基本的にはA社はB社よりも強い立場にあります。
B社はライセンスをお願いする立場であるのに対して、A社はライセンスをしてもしなくてもいい立場なのでライセンス条件について妥協する必要がないからです。

B社(ライセンス希望者)の立場を強化する仕組みがあれば、特に、維持年数の長い古い特許については独占するよりもライセンスする方が特許権者にとって合理的行動となるような仕組みがあれば、特許技術は活用されやすくなるはずです。

そのためには、特許の威力を落とす、ライセンス希望者に新たな交渉カードをもたせる、第三者が交渉に介入する、などの方法が考えられます。
 

1.差止めを制限するとしたら


特許権者には差止請求権が認められます。
B社が無断でA社の特許技術を使用した製品を出荷すれば、A社はその製品を出荷停止させることができます。
特許権者にとって差止請求権は最強の武器です。

古い特許については、この差止請求権を弱体化させるとすればB社の交渉力を高めることができます。

たとえば、特許付与から5~10年くらい経過した古い特許については一律に差止請求権を停止するとします。一方、損害賠償請求権は残します。

差止請求権が使えなくなると特許技術の独占力が落ちるので、特許技術を独占する方針からライセンスで稼ぐ方針にA社(特許権者)を方針転換させやすくなります。B社もA社にライセンス交渉を持ちかけやすくなります。

差止請求権を維持しておきたいほどの重要特許であれば、特許料とは別に高額の差止維持料を支払うことを条件として差止請求権を維持できるとしてもいいかもしれません。

あるいは、古い特許については、特許侵害によって自社存続に関わる重大被害が発生しているなどの合理的理由を示さなければ差止請求権を認められない、のように差止請求権の行使条件を厳しくするという方法もあります。

特許が古くなると威力が落ちるとすれば、A社は古い特許技術に安住せずに常に新特許を取得する必要があるので、イノベーションが促される可能性があります。
あるいは、特許の独占力が落ちる前に特許技術の事業化を急ぐ必要があるので、事業化が促されるかもしれません。

2.無効化の可能性を高めるとしたら


特許技術に類似する技術を特許出願前から開示していた先行文献(無効文献)が見つかると、特許は無効となります。

特許は無効化されると無価値になります。
特許の無効可能性は特許権者にとって最大のリスクです。

古い特許については、無効化リスクを高めることでB社の交渉力を高めることができます。

現状では、特許付与から6ヶ月以内であれば誰でも(実質的に匿名で)特許異議申し立てをすることができます。
無効化の証拠となる先行文献を提示して異議申し立てをすると、特許庁は対象特許について再検討します。

特許付与から所定年数が経過したら特許異議申し立てを再度可能とすることで、無効化リスクを再燃させるという方法も考えられます。
特許異議申し立てという反撃オプションを付与することにより、B社の交渉力を高めることができます。

A社がライセンスしてくれない特許技術をB社がどうしても使いたいなら、B社は先行文献を必死に探すはずです。
B社は、多額の調査費用をかけてでも、懸賞金を出してでも有力な先行文献を探そうとするかもしれないので、これはA社にとって強いプレッシャーとなります。

特許が無効化されてしまうと元も子もないので、特許技術を独占する方針からライセンスで稼ぐ方針にA社(特許権者)を方針転換させやすくなります。
 

3.第三者が介入するとしたら


第三者としてライセンス専門の公的機関Xが、特許権者(A社)とライセンス希望者(B社)のライセンス交渉の成立を促すことで、特許技術の活用を促進するという方法も考えられます。

B社は、公的機関Xを通してA社に特許ライセンスを申し込みます。
公的機関Xは双方の言い分を聞いた上でライセンス条件を決めます。

ライセンス条件とは、ロイヤルティの金額、支払い方法、ライセンスの停止条件、ライセンスを受けて生産できる製品の種類や販売量、特許技術の使用目的の限定などです。

A社は、特許技術の価値が高いこと、A社が充分に特許技術を活用していることなどをアピールします。B社は、自社なら特許技術をうまく活用できること、それによる社会的なメリットを提供できることについてアピールします。
A社にとって死活的に重要な特許であるなどの合理的理由があれば、ライセンスを許可しないという判断もあり得ます。

公的機関Xによる判断事例が蓄積されていくと、ライセンス条件についての相場観が醸成されていきます。
第三者として公的機関Xが交渉に介入することで、ライセンス契約が促進されます。

買取りの専門機関Yを設置し、この専門機関Yが古い特許を買い取るという方法も考えられます。
専門機関Yは、買い取った特許を希望者にライセンスします。
機会さえあれば換金したいと特許権者が思っている特許も世の中にはたくさんあります。
専門機関Yは、特許技術の利用希望者がいる、公益性の高い特許である、などの特別な事情がある特許については高額で買取ります。

重要特許を取得できれば自社実施できなくても専門機関Yが高額で買い取ってくれるかもしれないというマネタイズ(収益化)の期待感があれば、イノベーションのインセンティブになるかもしれません。

保護重視と活用重視


特許権者は、常に特許技術を独占したいわけではありません。
特許権者がライセンスしてもいいと思っている特許はたくさんあります。
しかし、特許権者は、ライセンス希望者がどこにいるのかを知りません。
特許権者は、ライセンス希望者からアプローチして欲しいと思っています。

一方、ライセンス希望者からは、特許権者に交渉を持ちかけにくいものです。
「特許を使わせてください」と申し出ることは自社の弱みをみせることになるからです。
交渉を持ちかけると、特許権者は自社特許の価値を認識します。
うっかり特許技術を使っていた場合には、声をかけることでかえってターゲットにされる危険性もあります。
よく知らない企業が特許権者だと、特に声をかけづらくなります。

ライセンスを断固拒否したい死活的重要特許というのは決して多くはないはずです。

新しい特許についてはしっかりと保護することで新技術の育成を後押しし、古い特許については特許技術の活用を推進することで、イノベーションの育成と普及のバランスを図ることができるのではないかと考えられます。

参考:「発明の仕分け方について」「なぜ、特許を取る必要があるのか