技術や社会が今後どのように変化し、その結果としてどのような製品やサービスが必要とされるのかを想像し、少し先の未来を特許で押さえておくこともできます。
未来が完全に見えてから特許を出願しても、すでに多くの企業が同じ市場に参入し、強い特許を取得するのが難しくなっているかもしれません。
そこで、まだ市場が明確に見えていない段階から、将来のNEED(必要)とWANT(欲求)を考えることが重要になります。
専売制度と特許制度
特許制度と専売制度は似ています。
特許には本来「専売」のイメージがあったのだろうと思います。
古代中国の唐王朝は塩の販売権を独占し、政府公認の塩(官塩)に高い税金をかけました。塩は生活必需品なので、人々は官塩を買わざるを得ません。
したがって、唐王朝はものすごく儲かります。塩の専売制度はその後の王朝も採用し続けます。
特許権は、利益の源泉を独占し、その既得権を侵そうとする他人がいればこれを排除することを国家が助力してくれる権利、です。
多くの人が使わざるを得ない核心技術で特許権(独占排他権)を取得できれば、その核心技術を使った製品に高い値段をつけることができます。
専売制度と似たようなからくりです。
ただし、専売制度と異なり、特許権には存続期間(有効期間)があります。特許権の存続期間中の技術の発展によっても特許権の価値は変化します。「塩」のように価値が安定しません。これについては後述します。

未来のNEEDとWANT
特許制度は、新しい技術によって「新市場」を切り拓いた人にその技術の一時的な独占を許す制度です。
新市場を切り開くとは、究極的には、必要なもの(NEED)または欲しいもの(WANT)を新しく作り出すことだと言えます。
NEEDとWANTの区別はマーケティングでも使われる考え方ですが、本稿では、将来価値の高い特許になり得る技術を考えるための視点として利用します。
価値の高い特許権を作るためには、NEED技術(使わざるを得ない技術)とWANT技術(使いたくなる技術)という2つの観点を意識してみると役に立ちます。
「塩」のような、生活必需品ともいえる技術であれば特許権の価値は非常に高くなります。
逆に、誰にも必要だとも欲しいとも思われないような「どうでもいい技術」に関わる特許権の価値は低くなります。
(1)NEED技術
使わざるを得ない、使えないと困る技術の特許権は非常に強くなります。たとえば、自動ブレーキ技術の黎明期に自動ブレーキの基本特許を早々に取得したとします。その後、自動ブレーキが本格的に実用化され、遂には自動ブレーキの搭載が法的に義務づけられたとします。こうなると、自動ブレーキの基本特許は「(自動車メーカーであれば)使わざるを得ない特許権」になります。
自動ブレーキはやがて必須(NEED技術)になるという読みに賭けて、自動ブレーキ関連技術に思い切った知財投資をしていれば大きなリターンを得られるはずです。
自動ブレーキの開発に後れを取った自動車メーカーは、自動ブレーキで先行した自動車メーカーによる市場コントロールを受けざるを得なくなります。
通信、安全、測定など規格に関わる技術はNEED技術になる可能性があります。
現在は任意に使われている技術でも、法規制、標準化、社会インフラの変化などによって、将来は「使わざるを得ない技術」になることがあります。
現在の必要性だけでなく、将来どのような技術が必須になるかを考えることが、NEED技術を見つける出発点になります。
(2)WANT技術
みんなが使いたくなる技術も強い特許権になります。IoT、AI、通信インフラなどの技術がさらに普及すると、どのような新しい製品やサービスが可能になるかを想像してみます。
たとえば、ビールの残数が少なくなると自動的に追加注文する家庭用冷蔵庫が実用化されるかもしれません。
技術的には可能ですが、これを実用化するためには技術面以外のハードルがありそうです。
通信環境、決済サービス、配送網などのインフラが整えば、このような冷蔵庫を実現しやすくなります。
そこで、将来このような製品が求められると考えるならば、実用化に先立って特許権を取得しておきます。
期待した通りに市場が形成され、こんな冷蔵庫を多くの人が欲しいと思えば、この特許権の価値は一気に上がります。
今すぐには作ることはできないけれども技術的には実現できそうな少しだけ未来な技術を考えてみるのも一案です。
AI、スマートグリッド、eスポーツ、ロボット……といった技術トレンドを眺めるだけでなく、それらの技術によって、人々の生活や仕事がどのように変化するかを考えることで、未来の製品やサービスのイメージが見えてくることがあります。
このように、まだ競争の少ない将来市場を先回りして押さえる特許は、ブルーオーシャン特許と捉えることもできます。
現在の市場を狙う特許と未来の市場を狙う特許
多くの人が必要としていることが既に明らかな技術(現実的技術)の特許権は、出願段階からある程度の価値を見込むことができます。
ただし、こういう技術は製品開発競争が激しくなっていることが多いため、強力な特許権を取得するのは難しくなりやすいです。
現実的技術の場合、特許権を取得したときには市場が衰退している可能性もあります。
たとえば、省メモリ技術で特許権を取得したものの、メモリの高集積化と低価格化が進んだために省メモリの必要性が薄くなり、特許権が早々に陳腐化してしまう、というケースもあります。
多くの人が必要とするかもしれない技術(予測的技術)であれば、フロンティアゆえに広くて強力な特許権を取得できる可能性があります。
しかし、予測を外すリスクがあります。
上記例の場合、「ビールの在庫切れに対応してくれる冷蔵庫」が求められる時代が結局来ないという可能性もあります。
あるいは、特許権が切れたあとにそういう時代が来たということもありえます。先進的すぎたために市場が立ち上がる前に特許権が切れてしまうという事態もよくあります。こういうことがあるので、特許出願は一刻も早いほうがいいとは一概に言えません。
特許を早く出すことと、適切な時期に出すことは同じではありません。未来を狙った発明では、競合企業に先を越されるリスクと、事業化前に特許期間を消費してしまうリスクの両方を考える必要があります。
※特許出願のタイミングについてはこちらの記事でも解説しています。
少し先の未来を想像する
特許戦略の基本の一つは、技術の流れが行き着くところ(新市場)を予測し、予測した地点をタイミングよく狙うことです。
あるいは、すでに自社が特許権をたくさん確保している技術分野に世の中の技術を誘導するという知財戦略(特許開放や標準化など)もあります。
どんな技術が芽吹いているか、それによってどんなNEEDやWANTが発生しそうかを意識することで特許の質は格段に向上します。
とはいえ、未来を正確に予言する必要はありません。
現在生まれつつある技術を起点として、「この技術が普及したら何が必要になるか」「何ができれば人は使いたくなるか」を少し先まで想像することが大切です。
現在の製品仕様から発明を探すだけでなく、製品やサービスの構想段階から未来の利用場面を考え、先回りして特許を取るという方法もあります(開発前の特許戦略についてはこちら)。
未来を読むことは、当たるか外れるかの予想ゲームではありません。
複数の未来を想像し、その中で自社が押さえておくべき技術やサービスを選びます。
特許出願は、まだ見えていない市場に、あらかじめ自社の場所を確保しておく行為と考えることもできます。