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特許コストを抑える実施形態共通出願

三谷拓也 | 2026/05/09
複数の発明についてどのように特許出願するかは、コストや権利化可能性に影響します。

単独出願した後に分割出願で逐次権利化するという手法もあります。
一方で、一つの明細書を複数出願で共通利用する「実施形態共通出願」という手法もあります。

本稿では、実施形態共通出願の構造とメリットを整理します。

請求項と明細書のルール


特許書類には、請求項と明細書(特許明細書)が含まれます。
請求項は、発明を定義し、権利範囲を規定します。
明細書は、請求項に記載された発明を具体的に説明します。

請求項に書く発明は、明細書で説明されている必要があります。
逆に言えば、明細書に書いてある内容であれば請求項化できます。


特許法では、以下のようなルールになっています。
・複数の特許出願で「同一請求項」を設定することはできない
・複数の特許出願で「同一明細書」を用いることはできる

したがって「請求項は異なるが明細書は共通化された複数の特許出願」なら可能です。
以下、このような特許出願のことを「実施形態共通出願」とよぶことにします。

実施形態共通出願とは


発明Aと発明Bのどちらについても特許を取得したい場合、通常は以下のような2件の特許出願をします。
1.特許出願(A/A):請求項(A)/明細書(A)
2.特許出願(B/B):請求項(B)/明細書(B)
ここでは、
・請求項(A):発明Aを権利範囲とする請求項
・明細書(A)、発明Aを説明する明細書
・特許出願(A/A):請求項(A)と明細書(A)を含む特許出願
を意味します。

実施形態共通出願では、
1.特許出願(A/A,B):請求項(A)/明細書(A,B)
2.特許出願(B/A,B):請求項(B)/明細書(A,B)
とします。
実施形態共通出願では、発明A、Bの両方を記載した共通の明細書(A,B)を作ります。
特許出願(A/A,B)と特許出願(B/A,B)は、請求項は異なっていますが、明細書は同一です。
 

実施形態共通出願のメリット


1.明細書作成の効率化

明細書(A)と明細書(B)の2本を別々に作成するよりも、1本の明細書(A,B)にまとめる方が作業は効率的になります。
複数の発明について早期に特許出願したいときには、実施形態共通出願は非常に有効です。

2.国内出願費用の抑制

通常、特許出願の料金は、明細書のボリューム(ページ数)が大きくなるほど高くなります。
明細書(A,B)は、明細書(A)あるいは明細書(B)よりもボリュームが増えます。

しかし、合計費用で考えると実施形態共通出願の方が安くなります。
通常方式の場合、明細書(A)と明細書(B)の2件分の作成費用がかかります。
一方、実施形態共通出願の場合には、明細書(A,B)1本分の作成費用で済みます。
発明件数が多いほど、この費用抑制効果は大きくなります。

3.外国出願費用のコントロール

特許出願(A/A)と特許出願(B/B)のどちらも外国出願したい場合、2件分の外国出願費用がかかります。外国出願では、翻訳費用や外国代理人費用などさまざまな費用が加算されます。
出願国数が多くしたいときには、特にコストアップになります。

このため、発明A、発明Bの両方を外国出願したいけれども、より重要度の高い特許出願(A/A)だけを外国出願し、特許出願(B/B)については外国出願をあきらめるという判断になることもあります。

実施形態共通出願であれば、特許出願(A/A,B)だけを外国出願し、まずは発明Aの権利化を目指します。
発明Aについての結果が出たあとに、発明Bについても外国特許を取得したいかを検討します。
発明Bの外国特許が必要であれば、特許出願(A/A,B)をもとに、発明Bについての分割出願を行います。
実施形態共通出願なので、このような「A→B」へのチェンジが可能です。

実施形態共通出願であれば、外国出願費用を抑制しつつ、権利化判断を後回しにできます。

4.特許審査への柔軟な対応

分割出願をする場合には、親出願と子出願を同一の審査官が担当する可能性が高くなります。
一方、実施形態共通出願として最初から2件の特許出願をしておけば、2人の審査官に特許審査をしてもらえる可能性が高いです。分割出願のように同一出願の派生案件として扱われにくいためです。

異なる審査官による判断を受けられるため、出願ごとに異なる対応方針を採りやすくなります。
また、特許出願(A/A,B)に書いてあることは、特許出願(B/A,B)にも必ず書いてあるので、特許出願(A/A,B)の審査で有効だった戦術を特許出願(B/A,B)にもそのまま応用することもできます。

実施形態共通出願なら、複数件についての審査状況を見比べながら対応方針を決めることができます。

5.管理しやすい

明細書が共通であるため、明細書をチェックする負担は1件分で済みます。
また、上述したように、複数の実施形態共通出願に対して同一の補正方針を横断的に展開できます。
実施形態共通出願は、知財業務を効率的にします。
 

分割出願との違い


実施形態共通出願と分割出願は、いずれも複数発明に対応する手法ですが、考え方が異なります。
・分割出願:出願後に発明の切り出し方を考える
・実施形態共通出願:出願時から複数発明を前提に設計する

「後から分ける」か「最初から分けておく」かの違いです。
どちらが適しているかは、権利化の必要性や緊急性によって変わります。
分割出願の場合でも、最初から複数の発明を想定しておくことはありますが、具体的な切り分けは出願後の検討事項となることも少なくありません。

実施形態共通出願と分割出願を組み合わせることもあります。
 

どんなときに使えるか


実施形態共通出願を作りやすいのは、ひとつの製品やサービスに、複数の特徴が含まれているときです。

一例として、回路X1と回路X2を含む電子回路について、
・回路X1:タスクの処理速度を向上させる
・回路X2:データの転送速度を向上させる
という構成であれば、電子回路全体を共通明細書で説明し、回路X1、回路X2それぞれについて別々の請求項を作って実施形態共通出願にします。

別例として、あるソフトウェアについて、
・機能Y1:使いやすさが向上する
・機能Y2:セキュリティが向上する
という2つの機能があるのであれば、ソフトウェア全体を共通明細書で説明し、機能Y1、機能Y2それぞれについて別々の請求項を作って実施形態共通出願にします。
 

複数発明を前提にした出願設計


複数の発明がある場合、
・明細書を共通化する
・発明ごとに請求項を作る
という実施形態共通出願の手法により、
・スピード向上
・コスト抑制
・管理効率向上
といった複数のメリットを得ることができます。

複数発明をどのように整理して出願するかによって、その後の権利化戦略や費用構造は大きく変わります。実施形態共通出願は、そのための有力な設計手法の一つです。

参考:「特許を“取って終わり”にしない、分割出願の活用方法」「たくさんの発明がでてきたとき