集団でアイディアを出し合う会議(ブレインストーミング会議)のとき、小さなアイディア(「・・・ではなく・・・でもいいかも」「ついでに・・・してもいいかも」)がたくさん出てきます。
アイディアには、幹となるアイディアと枝葉のようなアイディアがあります。
特許出願に際しては、幹となるアイディアを基本線とし、これに枝葉的なアイディアを追加することでストーリーを膨らませます。
とはいえ、たくさんのアイディアから幹となるアイディアを1つに絞れないこともあります。
一見、枝葉に見えても、幹になれるほどの深みが潜在するアイディアもあります。
以下、幹となるアイディア、幹になれるアイディアのことを基幹アイディアとよぶことにします。
あまたの枝葉アイディアから「幹になれる可能性」を見抜く眼力は、知財部員にとって重要な能力だと思います。
分ける、選ぶ、まとめる
基幹アイディアが複数あるときの対応は、
A.複数の基幹アイディアそれぞれに対応して複数の特許出願をする。
B.1件の特許出願に複数の基幹アイディアを含める。
C.1件の特許出願に1つの基幹アイディアを含め、他の基幹アイディアについては特許出願しない。
のいずれかとなります。
1件の特許出願に複数の基幹アイディアを含めるときには、
B1.複数の基幹アイディアに対応して複数の独立項をつくる。
B2.1つの基幹アイディアを独立項とし、他の基幹アイディアは従属項とする。
B3.1つの基幹アイディアを独立項とし、他の基幹アイディアは明細書に記載するだけにしておく。
のいずれかの対応となります。
B1は、「単一性なし(1出願1テーマの原則に反する)」という拒絶理由通知を受ける可能性があります。また、1出願に複数のテーマが含まれていると、将来的に特許管理をしづらくなるという事務的な問題もあります。
B2とB3では、複数の基幹アイディアのうち、1つの基幹アイディアを選ぶという価値判断が必要となります。
分割出願による逐次権利化
たとえば、「株式の新しい自動注文方法」をテーマとしてブレインストーミング会議をしたとします。
会議で、
・ある企業Aの業績予想が発表され、かつ、その業績予想がアナリスト予想(コンセンサス)を上回っていたときには企業Aの株式を自動的に買う(アイディア1)。
という案がでてきたとします。
アイディア1は、予想よりも業績がよかった、予想ほど業績がわるくなかった企業の株価は上昇する、という経験則に基づきます。
アイディア1が呼び水となり、
・企業Aについて肯定的なニュース(例:マスコミによる新製品の紹介など)が出たときには企業Aの株式を買う(アイディア2)。
・ツィッターなどのSNSで企業Aについて肯定的なバズワードがたくさん出てきたら企業Aの株式を買う(アイディア3)。
といった案も出てきたとします。
アイディア1,2,3について、B2方式で対応する場合、たとえば、
請求項1(独立項):アイディア1(アナリスト予想に基づいて購入する)
請求項2(従属項):アイディア1+2(アナリスト予想に基づいて購入し、更に、ニュースに基づいて購入する)
請求項3(従属項):アイディア1+3(アナリスト予想に基づいて購入し、更に、SNSに基づいて購入する)
のように請求項を構成します。
なお、アイディア1,2,3をすべて含むような抽象的な表現(例:外部サイトから収集した情報に基づいて株式の自動購入する)にすると、特許を狙いづらいとします。
上記の請求項の構成の場合、アイディア2,3は、アイディア1の追加機能(オプション)になっています。
このため、「ニュースに基づいて購入する(アナリスト予想に基づく購入機能はあってもなくてもいい)」というアイディア2だけにフォーカスした特許権にはなりません。
こういう場合、アイディア1を中心とした特許審査の終了後、改めて、アイディア2を対象とした独立項をつくった上で分割出願し、アイディア2だけにフォーカスした特許権を取りに行きます。アイディア3についても同様です。分割出願を活用することにより、最終的には3件の特許権になります。
B3方式でも、記載次第では同様の戦術をとることができます。
複数出願による同時並行権利化
A方式は、3件の特許出願をつくります。
出願1:アイディア1を独立項とします。明細書にはアイディア1,2,3をすべて記載します。
出願2:アイディア2を独立項とします。明細書(実施形態)は出願1と同じです(実施形態共通)。
出願3:アイディア3を独立項とします。明細書(実施形態)は出願1と同じです(実施形態共通)。
明細書は同一なので、出願2,3は文書作成費がディスカウントになります。
3件出願といいつつ全体としては3件分のコストはかかりません。
更に、
出願1には、出願2の請求項(独立項はアイディア2)、出願3の請求項(独立項はアイディア3)も明細書の末尾にコピーしておきます。
出願2には、出願1,3の請求項をコピーしておきます。
出願3には、出願1,2の請求項をコピーしておきます。
つまり、アイディア1,2,3を3件の特許出願に分散させつつ重複した状態にしておきます。
このようにして、出願1でアイディア1について権利請求しつつ、将来、出願1の分割出願でアイディア2,3も狙える準備をしておきます。出願2,3についても同様です。
複数の挑戦権
特許査定になるかどうかは、発明の質や弁理士の能力も大事ですが、審査官との相性も影響します。
特に、コロンブスの卵のようなシンプルな発明は、審査官によって見解が分かれやすい傾向があります。
分割出願をした場合、親出願と子出願は同じ審査官に審査される可能性が高くなります。
3件出願にした場合、出願1,2,3は別々の審査官E1,E2,E3によって審査される可能性が高くなります。
たとえば、審査官E1は出願1をすんなりと特許査定にしたが、審査官E2は出願2を簡単に特許査定にはしてくれないとします。
この場合、出願1で特許査定をもらったあと、出願1を分割して、アイディア2を独立項とする分割出願1Aをつくります。
分割出願1Aと出願2はほぼ同じです。
分割出願1A(アイディア2)を、出願1(アイディア1)の審査官E1に審査してもらえば、出願2(審査官E2)よりも特許査定になる可能性は高くなります。
なぜなら、出願1の審査官E1は、アイディア1について肯定的心証を示しているため、アイディア1と類似性のあるアイディア2についても肯定的に見てくれる可能性が高いからです。
一方、出願2の審査官E2は、アイディア2については否定的心証を示しているため、審査官E1よりも交渉が難しくなります。
以上のやり方によれば、アイディア2については、出願1A、出願2として2人の審査官E1,E2に審査してもらえます。
実施形態共通の複数の特許出願をすることは、大事な発明を多面的に守ることができるだけでなく、特許査定の可能性を高める効果があります。
実際、ある審査官がなかなか認めてくれなかった発明でも、別の審査官ならあっさりと認めてくれることは珍しくありません。
どうしても特許化に失敗するわけにはいかない重要発明、発明の意義を理解してもらいにくいパイオニア発明のときには有効な手段です。
参考:「従属項をなぜ作るのか」「うらやましがられる特許権」