特許明細書には、独特の作法があります。
この「作法」を知っていると、特許明細書は少し読みやすくなります。
特許出願のための5つの書類
特許出願で提出する書類は以下の5つです。
(1)願書
(2)特許請求の範囲(請求項)
(3)特許明細書
(4)図面
(5)要約書
(1)願書には、発明者、出願人、代理人に関する情報を記載します。
(2)請求項は、発明を定義します。請求項によって特許の権利範囲が決まります。
(3)特許明細書と(4)図面は、請求項で定義した発明を具体的に説明します。
(5)要約書は、発明の概要です。
このうち、もっとも分量が多く、読解負担が大きいのが特許明細書です。

特許明細書に含まれる主要項目
特許明細書には、次のような項目が含まれています。
(a)発明の名称
(b)技術分野
(c)背景技術
(d)発明が解決しようとする課題
(e)課題を解決するための手段
(f)発明の効果
(g)図面の簡単な説明
(h)発明を実施するための形態
(i)符号の説明
(a)発明の名称については、簡潔にわかりやすく書く、というくらいのルールしかないのですが、実務的には「~装置」「~方法」「~システム」のように請求項で定義した発明をシンプルに「名詞だけ」で書くという慣習があります。なぜこのような慣習が成立したのかはよくわかりません。アメリカでは、もうすこし発明の内容を説明するような名称をつけることが多いです。
(b)技術分野には、発明がどんな技術分野に属しているのかを書きます。
たとえば、「電気自動車に関する」とか「ブロックチェーン技術に関する」のように書きます。
(c)背景技術は、導入部です。
発明が属する技術分野においては、一般的にどんな技術があったのか、という前提や背景の話をします。簡単にいえば「現状では、世間では、こんなことをやっている」という話です。
(d)発明が解決しようとする課題は、問題提起です。
今までのやり方にはどんな課題(問題)があったのか、を書きます。課題と目的は表裏一体なので、発明の目的も書くこともあります。
(e)課題を解決するための手段は、発明の構成です。
(d)で提起した課題を解決するための手法を書きます。実務的には、請求項のコピーを記載するのが一般的です。あくまでも「手段」なので、この項目には発明の効果を書いてはいけません。
(f)発明の効果は、結論です。
(b)~(f)までで、発明の内容が概ねわかるようになっています。つまり、(b)という技術分野においては、従来は(c)のような状況にあり、そこには(d)という課題があったので、(e)という発明を考えたところ(f)という効果があったので、課題が解決された、という筋立てになっています。
しかし、実際には、(b)~(f)を読んでもよくわからないというのがほとんどです。
複雑な話を(b)~(f)の項目にうまく要約するのが難しいというのもありますが、(b)~(f)の記載は発明の解釈に強く影響するのであまり踏み込んだことを書きづらいという事情もあります。
なお、(g)図面の簡単な説明は、図面目録です。(i)符号の説明は、図中に出てくる符号とその符号が指しているものの名前の一覧です。
実施形態は「本論(メイン)」と「変形例(サブ)」
(h)発明を実施するための形態(以下、「実施形態」とよぶ)は、発明を具体例によって説明するところです。
本来、請求項で定義される発明を実現するための構成や方法には無限のバリエーションがあります。実施形態では、その中の1以上を具体的に例示します。
したがって、実施形態に書かれている文章には、すべて「たとえば」がついていると考えて差し支えありません。
発明が実施形態に限定されるのではないかという心配をする人も多いですが、実施形態はあくまでも無限の可能性のなかの一例を示しているにすぎません。
特許明細書の大部分は(h)実施形態です。
実施形態は、一般的には、
・本論部分(本実施形態)
・変形例
に分けて書きます。本論がメインストーリーであり、変形例は補遺あるいはアナザストーリーのようなものです。
実施形態と図面
本論部分では、
・全体の説明をしてから、詳細の説明をする。
・基本的なことを説明してから、複雑なことを説明する。
・原則を説明してから、例外を説明する。
・前提を説明してから、言いたいことを説明する。
・構造・構成などの静的なものを説明してから、制御・使用法などの動的なものを説明する。
などの原則があります。
本論部分には1つの実施形態を書き、本論部分で書ききれなかったことや本論部分に書くと話がわかりにくくなりそうなことは変形例で補います。
なお、本論部分に複数の実施形態を書くこともあります。
実施形態の記載方法は自由です。
いろいろな図面を駆使して発明をできるかぎり噛み砕いて説明します。
ソフトウェアの発明なら、ハードウェア構成図、機能ブロック図、データ構造図、フローチャート/シーケンス図、画面図などをつくり、これらの図を参照しながら説明します。
このほかにも、状態遷移図、概要図、ネットワーク構成図、実物画像、グラフ、シミュレーション結果、データ表、回路図、外観図、断面図、模式図、タイムチャート、ソースコードの抜粋・・・などいろいろな図面を自由に作ることができます。
特許明細書の中に数式や化学式を書くこともできます。
どんな図面を描くか、どんな順番で図面を見せるかがうまく整理されていれば、特許明細書も読みやすくなります。
複雑な発明の場合には、本論に入る前に概要説明を書くこともあります。
本命案とは違う構成の技術(代案)を<比較例>として説明することもあります。比較をすることで、本命案(発明)の良さが伝わりやすくなることもあります。
このほか、「本発明は上記実施形態に限定されるものではなく・・・」のような定型文が含まれることもあります。これに限らず、将来的な不利益が発生しないように、定番・定型の図面や記載もいろいろと含まれています。
変形例の効能
変形例では、
・本論で述べた発明の構成の一部を、別の要素に置き換えること
・本論で述べた発明の構成に、特定の要素を追加すること
・他の技術分野へも発明が応用可能であること
など、本論に限られない「発明の展開可能性」について述べます。
変形例を充実させることには、以下のようなメリットがあります。
・特許の権利範囲が拡大される。
・補正しやすくなる。
・後願排除効が強くなる。
・分割出願を作りやすくなる。
たとえば、請求項に「A(生体認証)」という内容があり、本論では「A」の一例として「a1(指紋認証)」だけを記載していたとします。変形例では「a2(顔認証)」についても記載していたとします。この変形例により、Aについては、少なくともa1だけでなくa2についても根拠をもたせることができます。また、Aをa1だけでなくa2に補正することも可能になります。
変形例が充実していれば、後願排除効が強くなります。
後日、変形例に書いてある内容に近い内容の発明では、特許を取ることができなくなります。つまり、変形例は、類似特許の成立を阻止する機能があります。こういう機能を「後願排除効」といいます。
また、変形例の記載を根拠として分割出願をすることもできます。たった1段落の記載を根拠にして分割出願をつくることすらあります。変形例が充実していれば、将来的にいろいろなことができます。
作法は是々非々
特許明細書は、書き方を細かく決められているわけではありません。
しかしながら、実務上は、「こういう順番で書く」「こういうことを書く」「こういうことは書かないほうがいい」などのいろいろな作法があります。
審査官も含めて知財関係者は作法に慣れているので、作法にしたがって書くほうが安全ともいえます。
作法から外れた書き方をするとクライアントがいやがることもあるので、ますます作法が強化される面もあります。
作法には、コンセンサスを得ているもの、根拠のよくわからないもの、時代遅れになったものや一部の業界だけで慣習化(固定観念化?)しているもの、判例や審査基準変更に対応して新しく編み出されるものまでいろいろあります。
こういう書き方をしたらうまくいった、という実績が出ると、それが作法化することもあります。
作法は、ルールに近いものもあれば、なんともいえないものまでいろいろあります。
実施形態は、発明をわかりやすく説明することが目的なので、いろいろな作法は知っておいた方がいいけれどもどの作法にしたがうかは是々非々で考えるべきです。
参考:「特許原稿のチェック方法(2)」「特許明細書は長い方がいいのか」