発明の「充実化」とは?
特許出願前には重要な作業があります。
それが発明の「充実化」です。
発明の充実化とは、アイディアを「特許として通用する発明」に磨き上げる作業であり、知財戦略の原点でもあります。
発明の充実化には、二つの方向性があります。
一つは発明を広げる検討(以下、「水平拡大」とよぶ)、もう一つは深める検討(以下、「垂直深耕」とよぶ)です。

充実化のための検討が不十分だと、「特許を取れなかった」あるいは「取れたけれども意味がなかった」という結果になりがちです。
発明の充実化は、発明を強くするための作業です。
・水平拡大
発明の適用可能性を検討し、権利範囲を押し広げる思考法です。
具体的には「この発明の適用範囲は・・・に限らない、・・・にも応用できる」「この発明の一部は・・・ではなくて・・・でもよい」のように考えてみます。
・垂直深耕
発明を掘り下げて、イメージを固めていくことにより、特許になる可能性を高める思考法です。
具体的には「この発明は、さらに・・・してもよい」「・・・であるといっそう望ましい」のように考えてみます。
この二つを同時に意識しながら発明を検討していくことで、発明は立体化します。
水平拡大と垂直深耕の両輪で発明を充実化することが、「価値ある特許出願」につながります。
水平拡大:発明の可能性を“広げる”思考法
水平拡大では、発明を「・・・に限られないのではないか」と考える思考法です。
発明のポテンシャルを引き出し、特許の権利範囲を最大化します。
水平拡大は、特許ポートフォリオの拡張に直結します。
例1:電子機器から漏れる電磁波を測定する発明
・電子機器に限らず、この発明はアンテナの放射性能測定にも使えるのではないか?
・電子機器から漏れる電磁波に限らず、この発明は電子機器が外部から受け取ってしまうノイズ電磁波の測定にも応用できるのではないか?
・この発明のコンセプトは、電磁波に限らず、光測定にも応用できるのではないか?
例2:缶を補充するとき、缶を投入しやすい自動販売機の構造に関する発明
・自動販売機に限らず、この「投入しやすい構造」は、医薬品の収納庫にも応用できるのではないか。
・自動販売機を前提とする必要はなく、缶格納部分だけで特許を取れるのではないか。
例3:ネットバンキングのユーザインタフェースを改善する発明
・銀行に限らず、このユーザインタフェースは、証券・保険など金融全般に応用できるのではないか。
・このユーザインタフェースは、コンピュータゲームの設定画面にも応用できるのではないか。
例4: 発明の実行プロセスにQRコードによる予約番号通知が含まれる。
・QRコードに限る必要はなく、画像認識可能な図形コード全般に拡張できるのではないか。
・図形コードに限らず、少し不便になるかもしれないが、文字列入力や音声認識でもこの発明は成立するのではないか。
このように、水平拡大とは発明を抽象化して、応用範囲を押し広げる作業です。
水平拡大を行うことで、
・自社製品に限定される特許を、他社にとって脅威となる特許へ
・業界が限定される特許を、業界を超えて影響を与える特許へ
進化させることができます。
水平拡大をどこまでやるかは、発明者や知財担当者の考え方にもよります。
水平拡大するほど権利範囲は広くなりますが、拡大しすぎると特許を取りづらくなります。
自社ビジネスにとっての必要な権利サイズも考慮し、どこまで水平拡大するかを見極めます。
垂直深耕:特許になる可能性を“高める”思考法
水平拡大が「広げる力」なら、垂直深耕は「掘り下げる力」です。
垂直深耕では、発明を「・・・であるともっといいのではないか」と考える思考法です。実装をイメージしながら権利範囲を限定します。
発明をより具体的に実現可能な形に落とし込み、特許審査を通りやすくします。
例1:電子機器から漏れる電磁波を測定する発明
・測定値が規定値を超えた場合に警告を出すといいのではないか。
・計測不能な場合は再検査を促す機能があるといいのではないか。
・1回ではなく、複数回計測して統計的に判断してもいいのではないか。
・複数種類の測定条件を自動的に設定して、複数回の測定を実行してもいいのではないか。
例2:缶を補充するとき、缶を投入しやすい自動販売機の構造に関する発明
・投入しやすいだけでなく取り出しやすくなる構造に改良できないか。
・安定収納を実現する補助構造を設けてはどうか。
・複数サイズの缶に対応できないか。
・保温性・断熱性を高める工夫はないか。
例3:ネットバンキングのユーザインタフェースを改善する発明
・ユーザが操作にとまどっていないかを操作履歴から検出できないか。
・ユーザが困ったときに有人対応に切り替える仕組みはあった方がいいか。
例4: 発明の実行プロセスにQRコードによる予約番号通知が含まれる。
・QRコードから予約番号を読み取れなかったときの代替処理をどうするか。
・QRコードに予約番号だけでなく有効期限に関する情報も含めると便利になるか。
・1度使われたQRコードの再利用を防ぐ仕組みは必要か。
水平拡大よりも垂直深耕の方が難しいかもしれません。
垂直深耕で出てきたアイディアは、従属項の候補になります。
・どんな限定ができるか。
・限定をしても特許の威力をキープできるか。
・この限定は、少なくとも将来の布石として機能するのか。
・・・という観点から、機能性のある限定事項を考えます。
水平拡大と垂直深耕によって発明を育てる
水平拡大と垂直深耕をバランスよく実施することで、発明は重厚になります。
水平拡大しなければ特許の価値は高まらず、垂直深耕しなければ特許可能性が上がりません。
特許実務においては、水平拡大によって請求項1の権利範囲を広く設定し、垂直深耕で多数の従属項を準備します。
従属項にしなくても、垂直深耕の検討結果をしっかりと特許明細書に仕込んでおけば、拒絶理由に応じて柔軟な補正が可能となります。そうすれば、少ない補正で拒絶理由を克服できます。
ビジネスモデル特許は垂直深耕が特に重要
ビジネスモデル特許では、他の技術分野以上に垂直深耕が重要です。
ビジネスモデルの発明の場合、ビジネスの“仕組み”だけをそのまま特許出願すると拒絶される可能性が高くなります。
海外ではビジネスモデル特許の審査は日本以上に厳しいので、ビジネスモデル発明に基づくグローバルな知財戦略を考えているときには、丁寧な作り込みが不可欠です。
垂直深耕には、
・ユーザインタフェースを作るとしたらどんな機能が必要なのか。
・別のデータを使うことで発明の魅力をUPできないか。
・安全性やセキュリティを高めるにはどうすればいいか。
・エラー発生時にはどのような対応が必要になるか。
・・・など、典型的な思考型があります。
いくつかの思考型をつかって垂直深耕の方向性を探り、「・・・がなくても発明は成立するけれども、発明を実現する上では・・・はきっと必要」というポイントはどこなのかを考えてみます。
「機能する特許」に仕上げる
水平拡大は、影響力と回避困難性を高める作業です。水平拡大の検討が不十分だと、簡単に回避できてしまう特許になります。
権利範囲を限定しすぎて無価値になっている特許はたくさんあります。
垂直深耕は、特許になる可能性を高める作業です。垂直深耕の検討が不十分だと、特許審査をパスできなくなります。
可能な限り水平拡大をしつつも、垂直深耕で<落とし所>をいくつもつくっておきます。
水平拡大と垂直深耕の検討作業により、発明の可能性に気づくこともあります。
垂直深耕作業は、将来の開発テーマにつながることもありますし、特許ポートフォリオの補強すべきポイントが見つかることもあります。
また、垂直深耕をしっかりやっておけば特許が無効化されるリスクも減ります。
垂直深耕は特許を強靭にします。
発明をそのまま記述して特許出願するのではなく、知恵を絞って作り込みをすれば、特許の価値は何倍にもなります。
参考:「拒絶理由対応が、特許品質を決める」「ビジネスモデルで特許を取るコツ」