ページトップへ

Language: JA | EN

「新規性喪失の例外」手続きによる救済と限界

三谷拓也 | 2025/09/15

新規性がなければ特許は取れない


発明に新規性がなければ特許を取ることはできません。

新規性とは、特許出願した発明が出願時点で世の中に知られていないことです。
いいかえれば、すでに誰かに知られている発明では、特許を取ることはできません。

ある「発明X」を考えたとします。
発明Xを論文で発表したり、製品に搭載して展示会で披露したり、ホームページに掲載したりすれば、発明Xは「公表」されたことになります(専門用語では「公知化」といいます)。
公表後に、発明Xについて特許出願をしても、「発明Xは特許出願前に公知化している=新規性がない」と判断され、拒絶されてしまいます。


製品の発売、記者発表や取材対応、企画説明、テストマーケティング、SNSなど、発明が公表されてしてしまう機会は無数にあります。

情報漏れは、特許実務では致命傷になります。
 

公表前に特許出願するのが基本


発明を公表する前に特許出願を済ませる、というのが基本です。
いいかえれば、特許出願が完了するまでは発明を公表してはいけません。
特許出願前に新製品の営業をするのは危険です。

発明Xの特許出願を済ませたあとなら、発明Xについてしゃべっても問題はありません。
公表の緊急性が高い場合には、後日の国内優先権制度の利用を前提とした「軽くて、高速な特許出願をする」という方法もあります(「非常対応:今日中に特許出願したい」参照)。
この方法なら、公表間近であっても「公表前に特許出願だけは済ませておく」という対応が可能になります。
 

公表してしまった後でも救済はある


とはいえ、「特許出願する前に公表してしまった」ということもあります。
こういう場合のために「新規性喪失の例外」という救済制度があります。
以下、新規性喪失の例外の適用を受けるための手続きを「例外手続き」とよぶことにします。

例外手続きでは、特許出願時に以下のような一文を願書に記載します。

【特記事項】特許法第30条第2項の規定の適用を受けようとする特許出願

特許出願時に記載しておく必要があり、あとから追記することはできません。
そして、特許出願日から30日以内に必要書類(公表の内容や日付を証明する書類など)を追加提出します。

例外手続きをやっておけば、公表したという事実は「なかったこと」にしてもらえます。

「どのくらい公表したか」が重要


例外手続きの要否は、「発明をどの程度公表してしまったか」によって変わります。
仮に、発明Xは、「A+B+C」という3つの要素からなるものとします。

(1)A、B、Cすべてを公表した場合

A,B,Cをすべて公表したあとに、発明X(A+B+C)について特許出願すれば、新規性がないので拒絶されます。
しかし、特許出願に併せて例外手続きをしておけば、「A、B、C」は公表されていないことになるので、発明Xの特許を取ることができます。

(2)A、Bだけを公表した場合

A、Bだけを公表したが、Cについては公表しなかったとします。
公表後に特許出願しても、発明Xの新規性は認められます。
要素Cは、少なくとも新しいからです。

しかし、もし、審査官が「AとBを知っている人なら発明X(=A+B+C)を思いつくのではないか」と考えたなら、発明Xは拒絶されます。
こういうケースを「進歩性がない」といいます。

発明に新規性があっても、進歩性がなければ特許を取ることはできません。

特許出願に併せて例外手続きをしておけば、「A、B」は公表されていないことになるので、発明Xの特許を取ることができます。

(3)Aだけを公表した場合

Aと発明Xは大きく違うとします。
すなわち、「Aを知っているだけでは、発明X(=A+B+C)まで思いつくのは難しい」とします。
こういう場合には、例外手続きをしなくても、発明Xの特許を取ることができます。
公表した内容がAだけなので、権利化の支障にはならないからです。

例外手続きの必要性は、「発明の全部を公表したのか/発明の一部だけを公表したのか」、「発明を詳しく公表したのか/概要程度しか公表していないのか」、「どんなことができるという話をしたのか/どうやってできるという話もしたのか」・・・など発明の公表程度によって判断します。

独立項の内容くらいは公表してしまったが、従属項の内容までは公表していない、というケースはよくあります。
実務的には「少しでも公表してしまったら、例外手続きはやっておく」という対応になることが多いようです。
 

例外手続きは万能薬ではない


例外手続きには1年という期限があります。
公表してから1年以内に特許出願しなければ救済は受けられません。

ただし、1年の猶予があると考えるべきではありません。
公表から特許出願までの時間が長くなるほど救済を受けられなくなるリスクが高くなります。

たとえば、発明Xを公表したあとに、それを知った他社が発明Xについて自社独自の発明であると称して特許出願してしまう可能性があります。
自社公表により発明Xを知った誰かが、発明Xに関して論評したり紹介するなど二次公表をすることもあります。
発明Xを公表したあとで、自社の誰かが別の機会に発明Xを再び公表する可能性もあります。公表機会が多くなると例外手続きは複雑になりますし、複数の公表事実の一部について例外手続きを忘れてしまうリスクがあります。

時間が経つほど、どこで誰が公表しているのかを把握しづらくなります。

したがって、「例外手続きをしているから1年以内なら大丈夫」と安心せず、公表したあとでもできるだけ早く特許出願することが重要です。

公表スケジュールを管理する


発明を公表するまえに特許出願を済ませる、特許出願が済んでいないのに発明を公表してはいけない、というのが原則です。

製品発表するときには、「この製品には特許出願が済んでいない発明が残っていないか」を確認します。
1つの製品には大小さまざまな発明が盛り込まれるのが普通なので、製品に潜在している発明をきっちりと拾い上げる能力は大変重要です。

製品を発表した後に「この特徴は特許を取得できる/すべき発明だったのではないか」と気づくこともあります。
こういうときには、例外手続きをすれば特許出願可能です。
ただし、例外手続きをしても、公表後の特許出願が遅れてしまうと思わぬリスクを抱え込むことになります。

なにが発明なのか、その発明がいつ公表されるのかをしっかりと管理しながら、発明ごとに特許出願の優先度やスケジュールを管理することが大切です。

参考:「非常対応:今日中に特許出願したい」「超基礎:特許取得までの流れ