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ガバナンスコードと知財ガイドライン

三谷拓也 | 2025/01/02

コーポレート・ガバナンスコード


2021年にコーポレート・ガバナンスコード(以下、「CGC」とよぶ)が改訂されました。
CGCとは「上場企業が行う企業統治(コーポレートガバナンス)においてガイドラインとして参照すべき原則・指針」であり、金融庁と東京証券取引所によって策定されたものです。


2021年のCGC改訂により
上場会社は、知財への投資について、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきであることに加え、取締役会が、知財への投資の重要性に鑑み、経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。
とされました。

知財・無形資産投資についてのガイドライン


CGCの改訂を受けて、「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン(以下、「知財ガイドライン」とよぶ)」が公表されました。
知財ガイドラインは2022年に公表された「Ver.1.0」と2023年に公表された「Ver.2.0」があります。両方合計すると200ページ近くありますが、知財ガイドラインのメッセージはシンプルです。
 

知財ガイドラインが示す課題


 知財ガイドラインは、
・新興国企業の台頭により、日本企業がもはや価格競争を勝ち抜くことができなくなっている。
・既存のビジネスモデルからの脱却も視野に入れつつ、持続可能なビジネスモデルの構築に向け、新たな知財・無形資産の投資にチャレンジする必要性が高まっている。
・新たなマーケットを創出していこうという試みにおいて、(日本企業は)欧米・新興国の先進的な競合相手の後塵を拝している。
・無形資産投資により企業価値を高めている米国においては、無形資産投資が有形資産投資を逆転しているのに対し、日本では、現在でも有形資産投資が大きい状況である。
・価格決定力は、投資家が企業の価値を評価する際に重視するポイントとされる。欧米の優良企業は、経営戦略・事業戦略において、知財・無形資産の投資・活用を通じて競争優位を確立し、製品価値を引き上げることで、価格決定力に結びつけている。
という現状認識を示します。
 

知財+戦略=価格決定力


価格決定力をつけるためには、従来的な価値だけでなく、新しい価値を提案し、顧客が「たくさんのお金を払ってでも欲しい」と感じる製品やサービスを提供する必要があります。
このような戦略転換を進める上で、知財・無形資産は競争優位を築く源泉となります。


知財ガイドラインは、企業が、自社が保有する特許、ブランド、営業秘密、ノウハウ、人材といった各種知財から自社の「現状の姿(As Is)」を再確認し、目指すべき「将来の姿(To Be)」と照合することで、「現在の知財をどう活用し、どんな知財を新たに獲得すべきか」を考え、経営資源の配分や事業ポートフォリオを見直すことを提言しています(Ver.1.0/P9)。

無形資産投資の重要性


企業価値は、有形資産と無形資産から構成されます。
※知財(知的財産)は無形資産の一種であり、無形資産の方が広い意味で使われます。


財務諸表は有形資産などの見える資産のリストです。財務情報は、企業の健康状態を表わしています。
無形資産は見えない非財務情報です。無形資産は企業の潜在能力を表わします。

現代における企業価値の大部分は無形資産であるといわれます。

欧米企業では無形資産(研究開発、人材、ブランドなど)への投資が積極的に行われていますが、日本では依然として有形資産(機械、工場、不動産など)への投資が多いと言われます。

たとえば、無形資産投資の一例である研究開発投資の金額について、2010年から2020 年までにおいて、米国が1.57倍、中国が2.48倍、EU-27が1.48倍であるのに対して、日本は1.12倍と報告されています(Ver.2.0/P17)。

無形資産投資は、予見性が低く、成果が見えにくく、しかも成果が出るまでに時間がかかるという性質があります。
その一方、長期的な視点で見ると、企業価値を大きく向上させるものは無形資産投資です。
 

ビジョンと根拠の説明力


長期投資家は「未来に向けた明確なビジョン」と「ビジョンを実現できる根拠」を重視します。

企業が投資家に評価されるためには、「どんな将来像を目指しているのか」と、その実現に必要な「知財などのリソース」を示すことが大切であり、知財ガイドラインはそれを「ロジック/ストーリー」として投資家に説明できなければならない、と言います(Ver.1.0/P29)。

未来を見据えた具体的な戦略と根拠を提示することで、投資家からの信頼を得ることができる、とします。
投資家からの信頼を得ることで資金調達力が高まれば、より大規模な無形資産投資が可能になり、ビジョンを実現しやすくなります。

国際的な資金調達競争に負けない力をつけるためには、経営戦略の説得力のある説明が鍵となります。

競争優位をつくる経営戦略


知財ガイドラインは、「どんな未来を実現したいのか」というビジョンを先に描き、そのために必要な知財・無形資産を戦略的に獲得・活用するという視点が重要であるとします。

知財は、自社で築きあげることもできますし、他社から買うこともできます。
M&Aで他社をまるごと買うことも、知財獲得方法のひとつです。

自社知財の強みや市場でのポジションを把握することにより、競争優位性を強化しながら投資家への説明力を高め、必要な資金を集めることが可能になります。

まとめると、知財ガイドラインは、
・知財・無形資産を踏まえた経営戦略の重要性について認識が不足している。
・上記認識の不足により、現在の姿(As Is)を正確に把握できない。
・現在の姿がわからないから将来の姿(To Be)を描く戦略を立てられていない。
・投資家に戦略をきちんと説明ができないから資金が集まらず、株価が上がらない。
と考えているようです。

価格決定力を持つためには、競争優位を作る経営戦略が必要です。

競争優位を作る源泉となるのが知財であり、知財投資をストーリーとして投資家に説明できるようにすることを知財ガイドラインは求めています。

参考:「アメリカの産業政策を変えたヤングレポート」「財務諸表に計上されない財産