特許権の権利範囲は、発明の表現によって変化します。
具体的に発明を表現するよりも、抽象的に発明を表現する方が権利範囲は広くなります。
権利範囲を拡張する
「a1に基づいて処理Xを実行する」というa1発明について、特許明細書の請求項にそのまま「a1」と書くと、a1特許の効力はa1のみに及びます。
他社は「a1に似ているがa1ではない何かに基づいて処理Xを実行する」製品を販売するかもしれません。
他社製品は「a1」さえ使用しなければ、a1特許の侵害にはなりません。
a1特許を取得することで、他社に類似製品(a1に似ているがa1ではない何か)の開発ヒントを与えてしまうこともあります。
特許回避は、a1を上位概念化(抽象化)することで防ぐことができます。
a1を上位概念化したAをつかって、「Aに基づいて処理Xを実行する」と発明を表現すれば、権利範囲は広くなります(A特許)。
たとえば、a1が顔の画像、Aが生体情報であるならば、A特許(生体情報)の権利範囲はa1(顔)に限られませんので、顔画像以外の生体情報である指紋、声紋、静脈、虹彩などもすべて権利範囲に含みます。
A特許の権利範囲は、a1特許の権利範囲よりも格段に広くなります。
自社製品がa1であっても、自社製品の類似品の可能性を想定し、想定製品まで捕捉できるように発明を上位概念化することで、他社の特許回避は難しくなります。
特許実務において上位概念化の検討は必須です。
どんな上位概念化ができるか、どのくらい上位概念化できるかを検討し、表現を推敲することで特許権の価値は向上します。
既存技術と権利範囲の調整
A特許を取得できれば、a1特許よりも強い特許になります。
ところが、先行技術調査をしたところ、「a2に基づいて処理Xを実行する」という技術がすでに存在することが判明したとします。
たとえば、Aが生体情報、a2が指紋であれば、a2はAに含まれます。
「Aに基づいて処理Xを実行する」とは、「a2に基づいて処理Xを実行する」という既存技術を含むことになりますので、A特許は成立しません。
a2に基づいて処理Xを実行してた事業者が、あとから成立した「A(∋a2)に基づいて処理Xを実行する」というA特許によって事業を制限されることは不合理だからです。
a1とa2は異なりますので、A特許は無理だとしても、a1特許なら取得できる可能性は残ります。
類似技術を想定する
A特許を断念する場合、a1特許を取得する価値があるかを検討します。
まず、a1、a2とは異なるが、a1に類似する概念が存在するかを考えます。
検討したところ、a3の可能性に気づいたとします。
「a3に基づいて処理Xを実行する」という仮想製品を想定した場合、a1特許ではこの製品を排除することはできません。
a1特許を取得したとしても、将来、他社が「a3に基づいて処理Xを実行する」という対抗製品を出してくる可能性があります。
一方、a2を含まず、a1とa3を含むような上位概念化はできそうもないとします。
このようなa3製品を想定できた場合には、a1特許だけでなくa3特許も取得しておくべきか、を検討します。
市場優位性を確保する権利範囲
a3製品を想定できる場合でも、a3特許を必ず取得しなければならないわけではありません。
a1製品がa3製品に確実に市場で勝てそうならa3特許は不要です。
a1に比べるとa3は複雑すぎる、不便である、あきらかに性能が劣るなど、a1製品ではなくa3製品を敢えて選ぶ理由が見つからないならばa3製品はa1製品の脅威ではありません。
a3製品が脅威ではないのなら、a3特許によってa3製品の可能性を潰しておく必要もありません。
むしろ、他社がa3製品(競合品)を出てきた方が、a1製品のよさを顧客に理解してもらいやすくなるかもしれません。
a1特許によって市場の重要部分を押さえることができるのなら、上位概念化できていないa1特許でも十分な価値を確保できます。
A特許のように、抽象化によって権利範囲をできるかぎり広くすることが原則ですが、上位概念化ができないことも、上位概念化をする必要がないこともあります。
権利範囲を広げれば、特許審査の調査範囲も広くなりますので、特許取得の難易度が上がります。
論理的に可能・市場的に妥当
ワイン専用の冷蔵庫を販売している会社が、ワインに限定せずに単なる「冷蔵庫」として権利請求した場合、特許審査においては、食品冷蔵庫から自動販売機までさまざまな技術が比較検討の対象となります。
この会社がワイン冷蔵庫以外の冷蔵庫を製造する予定がないのであれば、ワイン冷蔵庫以外にまで権利範囲を広げる意味はありません。
また、「複数のワインを格納する冷蔵庫」ではなく「ワインを格納する冷蔵庫」とすれば「複数のワイン」に限定されませんので「1本しかワインを格納しない冷蔵庫」であっても権利範囲に含めることができます。
しかし、「1本しかワインを格納できない冷蔵庫」は現実的ではありませんので、「複数」という用語による権利範囲の限定作用はほぼありません。
特許権の権利範囲を広げるとき、どこまで権利範囲を広げられるか、どこまで権利範囲を拡大する意味があるのか、権利範囲を過度に拡大しなくても市場優位性を確保できそうか、という観点から検討することで、特許権の価値を最大化することができます。
参考:「請求項は広ければいいのか」「未来を予測した特許出願」