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特許侵害をギリギリで回避する

三谷拓也 | 2019/06/30
特許侵害なのかもしれないし、特許侵害ではないかもしれない。
こういう状況はよくあります。

ある特許権P(請求項1)の構成が「A+B+X」であるとします。
製品が構成要素A、B、Xのすべてを備えているとき、特許侵害になります。
現実には、製品がA、B、Xのすべてを備えているといえるのか判断しづらい場面も多々あります。

特許の核心はどこにあるのか

 
まず、特許権Pの核心、いいかえれば、特許権Pに特許性があるとされる根拠がどこにあるのかを分析します。

A、Bは発明を成立させる上での根幹的な構成要件であり、XはA、Bに比べると常識的な構成要件に見えるとします。
もし、「A+B」発明を思いつくことができたなら、これに構成要件Xを追加して「A+B+X」にするくらいは簡単にできそうです。

特許権Pの審査過程において、審査官が構成要件Aを開示する文献D1を見つけていました。ということは、「A」発明は存在していたけれども、「A+B」発明に思いつくのは難しかったと判断されて特許査定になったと推測されます。


製品Rは、構成要件A、B、x2を含みます。
上述したように、特許権Pの構成要件は、A、B、Xの3つです。Xにx2が含まれていれば、製品Rは特許侵害になります。
たとえば、Xが「電子データの送信」であり、x2が「仮想通貨の送信」であれば、「仮想通貨」は「電子データ」の一種なのでアウト(範囲内)です。

特許権Pの核心はBにあると思われるので、構成要件B(できれば、「A+B」)を開示する先行文献(特許権Pよりも前に存在しており、かつ、特許権Pに類似の内容が記載されている文献)を探します。

構成要件A、Bを記載する文献D2を発見できたとします。

特許無効になるかもしれない


特許権Pの特許性は、構成要件Bに依拠していましたが、これを文献D2によって否定できました。特許権Pの「A+B+X」発明は、本来は特許にしてはいけない技術だったことになります。
文献D2を根拠として特許権Pを無効にできるなら、製品Rは特許侵害を免れることができます。

特許無効になるとは限らない


 発明のレベルとして、「A+B」と「A+B+X」にそれほど差がないのなら、文献D2に「A+B」が開示されている以上、特許権Pは文献D2の技術に比べて格段に優れているわけではないので特許性がない(無効)、ということになります。

しかし、「A+B」に比べて「A+B+X」が多少なりとも優れている場合、特許権Pは生き残るかもしれません。
おそらく無効になるだろうけれども無効になるに決まっていると確信するのは難しいです。
文献D2を提示したのに特許権Pが生き残ってしまう状況を仮定するならば、このとき特許性はA、BよりもむしろXに依拠することになります。

次に、製品Rのx2が構成要件Xに含まれるかどうかを検討します。
 

特許回避のための論理構成


特許権Pの特許明細書には、構成要件「X(電子データの送信)」の一例としてx1(動画像の送信)が記載されていたとします。
製品R(A+B+x2)のx2は「仮想通貨の送信」を想定しています。

x1(動画像の送信)とx2(仮想通貨の送信)は別概念ですが、x2(仮想通貨の送信)はX(電子データの送信)の下位概念(一種)です。
製品R(x2)は特許明細書に記載されている技術(x1)とは同じではないけれども、特許権Pの請求項1からイメージされる概念(X)には含まれていますので、文言上は特許侵害です。

特許権の権利範囲(射程)を探る


特許権Pの構成要件Xについて2通りの解釈を考えます。

解釈1:X(電子データの送信)とは、実質的には、x1(動画像の送信)のことであるとする比較的狭い解釈です。解釈1(狭い解釈)の場合には、製品Rのx2は、構成要件Xの権利範囲から外れるので特許権Pをかわすことができます。

解釈2:X(電子データの送信)とは、x1(動画像の送信)に限られるものではなく、画像、音声、文字などなんでもよく、とにかく電子データでさえあればいいとする比較的広い解釈です。解釈2(広い解釈)を採用する場合には、製品Rは特許侵害になります。

文献D2には、「口座情報の送信(x3)」という内容が記載されていたとします。
「口座情報」は「電子データ」の下位概念なので、「A+B」を備えるシステムにおいて口座情報(電子データの一種)を送信するという技術が従来技術(既知技術)として存在する以上、解釈2を採用するのなら特許性はなくなります。

「A+B」を備えるシステムにおいて動画像を送信することには特有の効果があり、それは思いつくのはもしかしたら難しいのかもしれません。文献D2では特許権Pを無効にできない可能性もあります。解釈1を採用するのなら特許権Pは維持されるかもしれませんが、そのときには製品Rは権利範囲外です。

特許権者の立場として、文献D2を見つけられたことで特許権Pは無効リスクを抱えてしまい、製品Rを権利範囲に含めるように特許権Pを広く解釈すれば無効リスクがいっそう高まってしまい、かといって狭く解釈すれば製品Rは権利範囲から逃げられてしまいます。結果として、権利行使をしづらくなります。

 特許権の権利範囲(射程)と安定性(無効になりにくさ)にはトレードオフの関係があります。

参考:「従属項をなぜ作るのか」「特許を侵害しているかもしれない」。