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特許の権利範囲をサポートする記載

三谷拓也 | 2024/02/22

請求項と明細書、抽象性と具体性


特許の権利範囲は、請求項(特許請求の範囲)によって決まります。
請求項の記載が抽象的であれば権利範囲は広くなり、具体的であれば狭くなります。

たとえば、「指紋」のような具体的な記載よりも、「生体情報」のような抽象的な記載の方が、指紋以外の可能性(声紋、虹彩など)もカバーできるので権利範囲は広くなります。
あるいは、「(ゲームの)アイテム」のような具体的な記載よりも、「オブジェクト」のような抽象的な記載の方が、アイテム以外の可能性(キャラクタ、武器、カード、建物など)もカバーできるので権利範囲は広くなります。


その一方、権利範囲が抽象的に表現されると、どんな発明なのかがわかりにくくなります。
したがって、特許明細書では発明を具体的に説明する必要があります。

請求項では発明の核心を抽象的に定義し、特許明細書では発明を具体的に説明する、という構造になっています。
特許明細書の具体的な記載を参考にしながら、請求項で定義される抽象的な発明が解釈されます。

1本だけで支える


請求項に「抽象的概念A」が記載されていて、特許明細書にはAの具体例として「具体的構成a1」が記載されているとします。
たとえば、ゲームの発明の場合において、Aが「オブジェクト」だとすれば、a1はオブジェクト(A)の一例である「武器」になります。
プレイヤが操作するキャラクタが武器(a1)を使うときのゲーム(発明)の流れを具体的に説明しつつ、武器(a1)はあくまでも一例であって、武器(a1)以外のオブジェクト(A)であってもこの発明は応用可能である、と説明します。

上の図に示すように、権利範囲として定義される概念Aを、具体例としての構成a1が支えています。
しかし、唯一の具体例であるa1(オブジェクトの一例としての武器)だけでは、概念A(オブジェクト)を十分に支えきれない可能性もあります。

特許審査においては、審査官は「a1については発明が成立することは認めるとしても、A(a1以外)まで発明を拡張することは欲張りすぎではないか」「広い権利範囲Aの根拠として具体例a1だけでは不十分なのではないか」と判断する可能性があります。
このような判断がなされると、いわゆるサポート要件違反(特許法第36条第6項第1号違反)として拒絶されます。

権利行使の相手方(被疑侵害者)の製品がa2であるとします。a2は、a1とは異なりますが、Aの範囲には入っているとします。
a2が「キャラクタ」であるなら、キャラクタ(a2)はオブジェクト(A)に含まれますが、武器(a1)ではありません。
こういう場合、被疑侵害者は「自社製品のa2は、権利範囲Aに文言上は入っているが、権利範囲Aとは実質的にはa1のことではないのか」「特許権者はa1しか想定しておらず、a2までは想定していなかったのではないか」と反論する可能性もあります。
Aとは実質的にはa1のことであると限定解釈する方向への力が働くことになります。
 

複数本で支える


請求項に「A」と記載されていて、特許明細書にはAの具体例として「a1」だけでなく「a2」「a3」「a4」も記載されているとします。
Aが「オブジェクト」だとすれば、a2、a3、a4はオブジェクト(A)の一例である「キャラクタ」「アイテム」「(ゲーム内で使用可能な)通貨」などになります。

a1だけでなく、a2~a4まで例示することにより、権利範囲として定義される概念Aを、多数の具体例a1~a4でしっかりと支えています。
a1以外の例示により、請求項の概念Aが特許明細書によって安定的に支えられるようになります。

例示を豊富にしておくと、特許審査において、サポート不十分として権利範囲の限定を求められるリスクは低くなります。
被疑侵害者の製品がa2である場合にも、確実に特許侵害になります。
特許明細書には、概念Aの一例として具体例a2があるため、特許権者がa2まで想定していたことが明らかだからです。
被疑侵害者の製品が概念A(オブジェクト)に含まれるa5(たとえば、ゲーム内で使用可能なカード)であっても特許侵害と認められる可能性は十分にあります。
特許権者がa5まで想定していなくても、概念Aのサポートが強固であれば、概念Aにはa5は含まれないという限定解釈はされにくくなります。
 

上方展開させて水平展開させる


具体的な構成a1を前提として考えられた発明について特許出願をするときには、構成a1を上位概念化することでより抽象的な概念Aにより表現します(上方展開)。
次に、概念Aに含まれる具体的な構成であって、a1以外の可能性(a2等)について検討します(水平展開)。
本命案以外の別案を例示する必要があるのか、どの程度まで例示する必要があるかは、技術分野、出願対象国、審査官の考え方、発明の性質、出願時の技術常識によります。
発明を上方展開させるだけでなく水平展開もさせることで発明はふくらみをもつようになり、特許の価値は高くなります。

参考:「特許の効力の強化と確保」「特許原稿のチェック方法(1)