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発明の核心とオールエレメントルール

三谷拓也 | 2024/01/22

オールエレメントルール


特許権の権利範囲は、請求項(Claim)で決まります。
特許侵害の判定は、被疑製品(特許侵害の疑いのある製品)と請求項を比較することで行われます。

たとえば、特許Pの請求項1に「・・・するAと、・・・するBと、・・・するCを備える装置」と記載されているとします。

被疑製品RがA、B、Cを3つとも備えていれば、特許侵害です。
被疑製品Rが、A、Bを備えるものの、Cを備えていないのであれば、非侵害です。

このように、被疑製品が請求項1に書いてあるすべての構成要件を備えているときにのみ特許侵害は成立し、1つでも備えていないものがあれば特許侵害は成立しません。
被疑製品が特許請求項の構成要件のすべてを備えていなければ特許侵害にはならないというルールのことを「オールエレメントルール」といいます。

余計な構成要件


特許Pが対象とする発明Xは「A+B+C」でも表現可能だったのに、請求項1の構成要件は(A、B、C、D)だったとします。「D」はなくてもよい余計な構成要件です。


被疑製品RはA、B、Cを備えるが、Dは備えていないとします。
被疑製品Rは発明Xを実現していますが、特許Pを侵害していません。
構成要件Dが特許Pの抜け道になっています。
構成要件Dを含む特許Pは、発明Xを守っているように見えて守れていない欠陥特許ということになります。

ゲーム特許の請求項


コラム「特許は何を守っているのか」で例示した入れ替え戦のあるコンピュータ・ゲームGXを少しアレンジし、このゲームの特徴を特許で守りたいとします。

コンピュータ・ゲームGXは、多数のプレイヤが同時参加可能な格闘ゲームです。
ゲームGXでは、「上級グループ」「中級グループ」「下級グループ」の3つのグループが設定されます。各プレイヤは、上級グループ、中級グループ、下級グループのどこかに所属します。
上級グループの内部では総当たり方式で複数のプレイヤの対戦が行われます。中級グループ、下級グループでも同様です。
3グループそれぞれでの対戦(格闘戦)が終了した後、上級グループで最下位となったプレイヤSBと中級グループで優勝した最上位のプレイヤMTの「入れ替え戦A」が実行されます。
プレイヤMT(中級・最上位)がプレイヤSB(上級・最下位)に勝つと、プレイヤMTは上級グループに昇格し、プレイヤSBは中級グループに降格します。
中級グループで最下位となったプレイヤMBと下級グループで優勝したプレイヤLTの「入れ替え戦B」も実行されます。
プレイヤLT(下級・最上位)がプレイヤMB(中級・最下位)に勝つと、プレイヤLTは中級グループに昇格し、プレイヤMBは下級グループに降格します。
要するに、上級グループ、中級グループ、下級グループという3階級があり、入れ替え戦によって下剋上が起こるというシステムです。

請求項A(抽象度1)


ゲームGXの特徴を特許表現するために構成要件を列挙します。

[請求項A]
A-1:複数のプレイヤが所属する上級グループがある。
A-2:複数のプレイヤが所属する中級グループがある。
A-3:複数のプレイヤが所属する下級グループがある。
A-4:上級グループにおいては、複数のプレイヤが総当たり方式にて格闘ゲームで対戦する。
A-5:中級グループにおいては、複数のプレイヤが総当たり方式にて格闘ゲームで対戦する。
A-6:下級グループにおいては、複数のプレイヤが総当たり方式にて格闘ゲームで対戦する。
A-7:上級グループの最下位であるプレイヤ1と中級グループの最上位であるプレイヤ2が格闘ゲームで対戦し、プレイヤ2が勝てば、プレイヤ1は中級グループに降格し、プレイヤ2は上級グループに昇格する。
A-8:中級グループの最下位であるプレイヤ3と下級グループの最上位であるプレイヤ4が格闘ゲームで対戦し、プレイヤ4が勝てば、プレイヤ3は下級グループに降格し、プレイヤ4は中級グループに昇格する。

以上のような請求項AであればゲームGXをおおむね表現できますが、抜け道がたくさんあります。
まず、請求項Aでは「格闘ゲーム」と言明(限定)しているので、「将棋」や「サッカー」など他のゲームであれば特許侵害にはなりません。
「総当たり方式」という表現も強い限定がかかります。総当たり方式以外でも最上位と最下位を決める方法はいろいろあります。総当たり方式であることは発明の本質ではありません。
請求項Aでは、上級、中級、下級という3グループであることが前提になっています。したがって、上級と下級だけのような2グループを想定したゲームは特許侵害になりません。

請求項Aは特許侵害を回避しやすいポイントがいくつかありますので、もう少し整理します。この作業を「上位概念化」といいます。
 

請求項B(抽象度2)


[請求項B]
B-1:複数のプレイヤが所属する第1グループがある。
B-2:複数のプレイヤが所属する第2グループがある。
B-3:第1グループにおいては、複数のプレイヤが対戦する。
B-4:第2グループにおいては、複数のプレイヤが対戦する。
B-5:第1グループの最下位であるプレイヤ1と第2グループの最上位であるプレイヤ2が対戦し、プレイヤ2が勝てば、プレイヤ1は第2グループに移動し、プレイヤ2は第1グループに移動する。

請求項Bは請求項Aよりも上位概念化(抽象化)されたので、侵害回避しづらくなっています。
3グループ制のゲームでも、4グループ制のゲームでも、少なくとも2グループ間で入れ替え戦をやるのなら請求項Bでは特許侵害になります。

とはいえ、「最上位」「最下位」という表現は限定的です。
たとえば、第1グループの最下位は文句なしに第2グループに転落し、下位から2番目のプレイヤが入れ替え戦に参加するようなゲームであれば請求項Bの侵害を回避できてしまいます。

請求項Bを更に上位概念化します。

請求項C(抽象度3)


[請求項C]
C-1:複数のプレイヤが所属する第1グループがある。
C-2:複数のプレイヤが所属する第2グループがある。
C-3:第1グループにおいては、複数のプレイヤが対戦する。
C-4:第2グループにおいては、複数のプレイヤが対戦する。
C-5:第1グループの所定順位以下のプレイヤ1と第2グループの所定順位以上のプレイヤ2が対戦し、プレイヤ2が勝てば、プレイヤ1は第2グループに移動し、プレイヤ2は第1グループに移動する。

請求項Cなら、第1グループの第5位(所定順位以下)のプレイヤと第2グループの第2位(所定順位以上)のプレイヤが入れ替え戦をやるようなゲームでも権利範囲内(特許侵害)です。

ゲームGXは入れ替え戦を前提としていますが、入れ替え戦をしないゲームも考えられます。
たとえば、第1グループで成績の悪いプレイヤと第2グループで成績のよかったプレイヤを実際に入れ替えるかどうかはランダムに決めるようなゲームも想定できます。
このような同じではないけれども似ているゲームも権利範囲内(特許侵害)とするために、請求項Cを更に上位概念化します。
 

請求項D(抽象度4)


[請求項D]
D-1:複数のプレイヤが所属する第1グループがある。
D-2:複数のプレイヤが所属する第2グループがある。
D-3:第1グループにおいては、複数のプレイヤが対戦する。
D-4:第2グループにおいては、複数のプレイヤが対戦する。
D-5:第1グループの所定順位以下のプレイヤ1と第2グループの所定順位以上のプレイヤ2について入れ替えの可否を判定し、入れ替えを実行するときにはプレイヤ1を第2グループに移動し、プレイヤ2を第1グループに移動する。

「入れ替えの可否を判定する」という抽象的な表現により、入れ替え戦以外の可能性も権利範囲に含めています。

請求項Dでは、第1グループ内および第2グループ内でプレイヤ同士が順位を決めるために「対戦」することを前提としています。
順位を決める方法は対戦に限らず、たとえば、パズルのように1人で遊ぶゲームによって成績を競うことも考えられます。
 

請求項E(抽象度5)


[請求項E]
E-1:複数のプレイヤが所属する第1グループがある。
E-2:複数のプレイヤが所属する第2グループがある。
E-3:第1グループにおいて成績が所定順位以下のプレイヤ1第2グループにおいて成績が所定順位以上のプレイヤ2について入れ替えの可否を判定し、入れ替えを実行するときには、プレイヤ1を第2グループに移動し、プレイヤ2を第1グループに移動する。

ゲームの「成績」に限定しなくても特許になる可能性はあるかもしれません。
また、グループによっては1人しか所属しない可能性もあります。たとえば、第1グループには1人だけチャンピオンが君臨し、複数のプレイヤが存在する第2グループから挑戦者を選ぶようなゲームも考えられます。
 

請求項F(抽象度6)


[請求項F]
F-1:1以上のプレイヤが所属する第1グループがある。
F-2:1以上のプレイヤが所属する第2グループがある。
F-3:第1グループと第2のグループの間において、所定の入れ替え条件が成立したとき、第1グループに所属するプレイヤと第2グループに所属するプレイヤの一部を所属変更する。

特許になったときの価値と特許になる可能性


請求項をつくるときには、侵害回避方法もイメージしながら贅肉を落としていきます。
請求項Fは、権利範囲は非常に広くなるので、特許査定になれば他社が似たようなゲームを作るのは相当困難になります。
その一方、請求項Fは、複数のグループの間でメンバーを入れ替えることがあると言っているだけなので、特許査定になる可能性は低いです。

請求項Fのリターンは大きいのですが、リターンが得られる可能性が低すぎるのでここまでやると無謀なチャレンジかもしれません。

どこまで上位概念化するか


特許としての権利範囲の広さは、A<B<C<D<E<Fです。
特許取得できる可能性の高さは、A>B>C>D>E>Fです。

請求項Fの特許は価値が高くなりますが、権利範囲が広いほど特許にはなりにくくなります。
一方、抽象度の低い請求項Aの特許の場合、特許製品のデッドコピー品くらいしか排除できません。請求項Aは、自社製品をカバーしていますが、他社の類似製品を排除する能力はほとんどありません。
審査官は、明らかに権利範囲が狭いときには簡単に特許査定にしてくれます。
特許侵害が発生しそうもないほど権利範囲が狭いのなら、特許査定にしても社会的には何の影響もないからです。

したがって、発明の可能性を検討しつつ、どこまで上位概念化にチャレンジする意味があるかを考えます。

自社製品に近い他社特許があっても、他社特許に大きな抜け道があれば、特許侵害になるリスクは低くなります。仮に自社製品が特許侵害になりそうであっても、少し設計変更をするだけで簡単に侵害回避できます。

一方、他社特許に抜け道が少ない場合には、特許侵害になるリスクが高くなります。自社製品をカバーする他社特許に抜け道が見つからない場合には、抜本的な設計変更をしなければならなくなります。

特許出願にするときには、発明の本質でないものをいかに削ぎ落とせるかが重要です。
拒絶理由対応によって本質的でないものを付け加えざるを得なくなることはよくありますが、このときにも特許価値をできるだけ落とさないように補正をします。

特許実務は、発明の核心を結晶化するような作業ですが、この作業を丁寧にやることで特許の価値は何倍にもなります。

参考:「花まる特許で学ぶ、権利の読み方」「特許は何を守っているのか