特許出願に消極的な企業は、敢えて特許出願をするメリットを感じていないのだと思われます。
特許出願に積極的な企業では、知財業務(特に権利化業務)が定型業務化しやすくなります。こうなると、特許出願に積極的な企業であっても、なんのために特許出願をしているのかわからなくなっていることがあります。
特許出願をする一番の理由は発明を独占するためです。
だとすれば、発明を独占しようと思わないのなら特許出願をする必要はないということになります。
特許出願をすべき発明とする必要のない発明を峻別する上で、特許出願をしないリスクという観点から考えてみることも重要です。
(1)他社に真似されるリスク
X社は、発明Aを実装した製品PX(A)を販売しています。
X社は、発明Aの特許(以下、「特許(A)」とよぶ)を取得しなかったとします。
Y社は、製品PX(A)を参考にして、独自製品PY(A)を開発します。
製品PY(A)には、発明Aが使われています。
特許(A)を取っていないので、X社は競合製品PY(A)を排除できません。
製品PX(A)は、特許(A)というアドバンテージなしで製品PY(A)と勝負します。
(1A)企業力で負ける可能性
Y社の企業力がX社に勝る場合、製品PX(A)は製品PY(A)に負けます。
ここでいう企業力とは、資本力、生産能力、宣伝能力、ブランド力、販路などです。
たとえば、Y社の社会的信用がX社よりも高い場合、消費者は製品PX(A)よりも製品PY(A)を選びます。
そうなると、X社は、発明Aから得られるべき利益をY社に横取りされることになります。
(1B)利益率が落ちる可能性
Y社の製品PY(A)が安い場合には、X社は製品PX(A)の価格を下げざるを得なくなります。
この場合も、X社は発明Aから十分な対価を取れなくなります。
特許(A)がないと、価格競争に巻き込まれ、利益を取りこぼす可能性があります。
(1C)市場を壊される可能性
製品PY(A)が粗悪品だった場合、消費者は「発明Aは役に立たない」という印象を持ちます。
たとえば、発明Aが新しい空気清浄化技術だったとします。しかし、Y社の製品PY(A)が粗悪品で、空気清浄力に問題がある場合、消費者はこの技術(発明A)を疑うようになります。
特許(A)がなければ、粗悪品に市場を荒らされ、発明Aの可能性そのものが潰されてしまうリスクがあります。
(1D)企業イメージが落ちる可能性
Y社の製品PY(A)の方が製品PX(A)よりも有名になった場合、X社の製品PX(A)の方が「パクリ製品」に見えてしまいます。
特許出願をしておけば、発明AはY社ではなく、X社によるものであるという公的証明となります。
無線通信を発明したのはマルコーニと言われていますが、マルコーニ以外にもたくさんの人たちが無線通信を研究していました。マルコーニは無線通信に関する重要特許を取得したため、「無線通信はマルコーニの発明」という認識が一般化したと言われています。
(2)他社に特許を取られるリスク
X社が特許(A)を取らなくても、Y社が特許(A)を取得する可能性があります。
Y社とX社が競合関係にあるときにはY社はX社と同じような研究をしているはずなので、Y社は独自に発明Aを思いつく可能性があります。
Y社が特許(A)を取得すると、X社の製品PX(A)は特許侵害品になるので、販売できなくなります。
自社が発明Aを独占したいと思わなくても、他社は発明Aを独占したいと思うかもしれません。
(3)交渉力が落ちるリスク
(3A)反撃できない可能性
X社は、Z社の発明Bを使っていますが、Z社もX社の発明Aを使っているとします。
Z社は特許(B)を取得しています。
X社は、Z社から特許侵害だと警告されます。
もし、X社が特許(A)を取得していれば、X社とZ社はどちらも相手の特許を侵害しているので「お互い様」ということになります。
しかし、X社が特許(A)を取得していない場合、X社だけが特許侵害をしていることになり、交渉は著しく不利になります。
特許(A)を取得しておくことで、交渉のためのカードを作ることができます。
特許には軍拡競争のような側面があり、自社の特許力と他社の特許力に格差が出すぎないようにすることでリスクをヘッジします。
(3B)共同プロジェクトで不利になる可能性
X社とW社で共同プロジェクトを企画するとします。
X社は技術分野T1を担当し、W社は技術分野T2を担当するとします。
X社が技術分野T1で特許を取得していなかったら、W社が技術分野T1に侵入してくる可能性があります。
あるいは、共同プロジェクト中に出てきたX社の技術分野T1における発明が、X社単独の発明なのか、W社との共同発明なのかあとからわかりづらくなります。
共同プロジェクトではたくさんの発明が出てきますが、特許を取得しなかった場合、どちらがプロジェクトにどのくらい貢献したのかを評価するための境界線があいまいになります。
(4)事業売却上のリスク
X社が事業Kを行っていて、U社も事業Kに参入したいとします。
U社の選択肢は、自力で事業Kを開始するか、X社から事業Kを買収するかです。
X社は事業Kを売ってもいいと思っています。
X社が事業Kに関連する特許を持っているのなら、U社にとっては事業Kを一から開始するよりもX社から事業Kを特許も含めて買い取る方が合理的です。
X社が事業Kに関連する特許を持っていないのなら、法的な参入障壁がないので、U社は事業Kを自分で始める方が利益を上げやすくなります。たとえば、X社から事業Kのキーパーソンをスカウトできれば、事業K全体を買う必要はないかもしれません。
特許は事業価値を高めます。
ベンチャー企業は、技術開発の成果を特許にしていれば、自社を高く売りやすくなります。
設備や人材、技術だけでなく、特許という「事業独占権」まで付属している方が企業価値が高くなるからです。
(5)人材流出による技術流出のリスク
発明Aの発明者が他社に転職するとき、技術は流出します。
特許(A)を取得していなかった場合、転職先の他社が発明Aを事業化する可能性があります。
実際に技術情報の持ち出しがあったのか判断するのは難しいですし、発明者の頭の中にある知識にまで完璧な秘密保持義務を課すことはできません。
X社が特許(A)を取得していれば、発明AをX社の知的財産(会社資産)にできるので、他社によって発明Aが事業化されるリスクを抑制できます。
新知識の公的認証
特許出願をしないということは、発明(技術)をオープンにするということです。
特許を取得しなければ技術を普及させやすくなりますが、技術を無償提供しているとも言えます。
発明は知識であり、知識は見えないので、見える化しなければ資産にはなりません。
知識を論理化し、書面化し、権利範囲を言葉で定義して、特許出願した上で、特許を取得するというプロセスは、発明を公的認証してもらうということです。
発明を独占したいわけではないから特許もいらないという考え方もありますが、他社は発明を独占したいと思っている以上、特許出願をしないことにもリスクはあります。
参考:「特許は「時間」を稼ぐ」「なぜ、特許を取る必要があるのか」