誰かが、新製品を考えたとします。他の人に同じようなものを作って欲しくない。だから、特許を取得しておこう、ということになります。
しかし、無事に特許を取得できたとしても、それでビジネスが守られるとは限りません。製品パッケージに「特許取得済み」と書いてあることがありますが、特許取得済みだからといって類似製品を作れないわけではありません(まったく同一の製品はだめです)。
特許で守りたいもの
特許を取るのは、製品を守りたいというよりも、製品のセールスポイントを守りたいからです。今回の製品のセールスポイントとなったアイディアは、この製品だけでなく、将来の製品にも応用可能であり、今後も継続的に利益をもたらしてくれる(かもしれない)ので、特許法というツールを使ってこの収益源の所有権を明確にしておきたい、というのが特許を取りたい真の理由ではないかと思います。セールスポイントとは、簡単に言えば、価格決定力を生み出せる差別化要因のことです。
特許が効かない
特許が効かない仮想事例として、X社が下記のようなコンピュータ・ゲームGXを考えたとします(例示のために適当に考えただけで、本当にそのようなゲームがあるわけではありません)。
ゲームGXは、多数のプレイヤが同時参加可能な対戦型オンライン・ゲームです。ゲームGXでは、「上級グループ」と「下級グループ」の2つのグループが設定されます。各プレイヤは、上級グループまたは下級グループのどちらかに所属します。上級グループの内部では複数のプレイヤの対戦が行われます。下級グループでも同様です。2グループそれぞれでの対戦が終了した後、上級グループで最下位となったプレイヤP1と下級グループで優勝した最上位のプレイヤP2の「入れ替え戦」が実行されます。
プレイヤP2(下級)がプレイヤP1(上級)に勝つと、プレイヤP2は上級グループに昇格し、プレイヤP1は下級グループに降格します。要するに、上級グループと下級グループという階級があり、入れ替え戦によって下剋上が起こるというシステムです。発明者は、入れ替え戦がとても盛り上がると思うので、入れ替え戦の特許を取りたいと考えたとします。
上記製品アイディアを守るため、X社は「マルチプレイゲームであって、上級グループと下級グループがあって、上級グループの最下位プレイヤP1と下級グループの最上位プレイヤP2が入れ替え戦を実行し、入れ替え戦の結果に応じて、プレイヤP1とプレイヤP2の所属をチェンジできる」という内容の特許PXを取得したとします。
X社が特許PXを取得した後、Y社が似たようなゲームGYを販売したとします。ただし、ゲームGYには入れ替え戦はありません。ゲームGYでは、上級グループの最下位と下級グループの最上位は自動的に入れ替えるとします。X社は、入れ替え戦の面白さをアピールして特許PXを取得したので、入れ替え戦のないゲームGYは特許PXの権利範囲外です。特許PXでは、ゲームGY(類似品)を攻撃できません。
特許出願時のイメージ・トレーニング
X社の発明は、上級グループ、下級グループというある程度安定した階級を作り、上級グループであっても安住はできないという緊張感をもたせたゲーム性に特徴があったともいえます。入れ替え戦は、この緊張感をさらに盛り上げるための付加的なアイディアだったと捉えることもできます。
もしかしたら、「入れ替え戦」まで踏み込まなくても、特許を取れたのかもしれません。入れ替え戦なしの特許を取得できていれば、Y社はゲームGYを作ることはできませんでした。発明者がどんなに入れ替え戦の面白さをアピールしたとしても、固定観念にとらわれず(発明者に洗脳されすぎず)、入れ替え戦まで踏み込まなくても十分に特許を取れるのではないかと事前分析することが重要です。このような分析作業を「上位概念化」とか「抽象化」といいます。
発明者が自分のアイディアのポテンシャルを認識しているとは限りません。知財部にとって(弁理士もですが)、将来の自社製品あるいは他社製品をカバーするほどアイディアを上位概念化する想像力はとても大切です。特に、新規事業の場合には、このイメージ・トレーニングのような作業が非常に重要になります。上記仮想事例の場合、入れ替え戦はセールスポイントですが、上級グループと下級グループを作って適宜入替えをするというだけでも立派なセールスポイントなのかもしれません。
上位概念化をしないパターン
とはいえ、上位概念化するべきでないパターンもあります。代表的なものは2種類。
(1)それでは特許を取れない(法的な理由)
上位概念化をすると権利範囲は広くなりますが、権利になる可能性は低くなります。入れ替え戦という発想は世の中にないけれども、上級グループと下級グループでメンバーを入れ替えるという発想は実は既知かもしれません。だとすれば、入れ替え戦なしで特許を取得するのは無理です(不可能というわけではないのですが、話がややこしくなるので今回は割愛)。
(2)そんな特許は不要(ビジネス上の理由)
上位概念化した広い権利をクライアントが欲しくないこともあります。X社は、ゲームGYのような入れ替え戦がないゲームが出てきたとしても構わないかもしれません。入れ替え戦のないゲームGYより、入れ替え戦があるゲームGXの方が絶対おもしろいので、入れ替え戦なしの類似品が出てきたとしても別に痛くない、ということだってあり得ます。
原則的には、これらの2つのパターンに当てはまらないのであれば、上位概念化をおすすめしています。
特許を回避したいとき
上記特許PXが成立したとしても、Y社の立場としては似たような製品を作りたくなることがあります。
特許PXの場合、「最上位」と「最下位」で「入れ替え戦」をやるという内容なので、このあたりの文言に引っかからなければ侵害回避できます。たとえば、下級グループの最上位は自動的に昇格し、上級グループの最下位と下級グループの第2位とで入れ替え戦をやるシステムであれば、特許PXの権利範囲からは逃れることができます。「最上位」「最下位」という限定的な言葉で権利範囲を定義しているので、そこを外せば簡単に侵害回避できます。
また、上述したように、入れ替え戦をやらなくても同じような面白さを発揮できるのではないか、ということも当然考えられます。上級グループの最下位と下級グループの最上位を自動的に入れ替えれば権利範囲から逃げることができます。あるいは、入れ替え戦の代わりに二者択一の抽選を実行し、結果Aなら入れ替えあり(下剋上成功)、結果Bなら入れ替えなし(下剋上失敗)、という方法も考えられます。「抽選」を「入れ替え戦」と見なせるかどうかという解釈問題は残りますが、入れ替え戦を実装してしまうよりはるかに安全です。
思考の攻防戦
製品開発の障害になりそうな特許があったとしても、真剣に分析すればその特許の弱点、いいかえれば、X社の思考の盲点を見つけることができるかもしれません。一方、X社は、特許PXの弱点が判明したとしても、それによってY社に設計変更を強いることができたのだから、特許PXには一定の価値があったと考えることもできます。
特許出願するときには、しっかりとアイディアの上位概念を考えるのがベストですが、思考の盲点を100%なくすことは難しいです。したがって、特許出願したあとに権利範囲をうまくかわす方法を思いついたら(思いついてしまったら)、面倒くさがらずに別の特許出願をして権利範囲の穴を塞いでおくという手当ても大切です。
特許は、思考の攻防戦です。