しかし、特許侵害を発見しづらいというのは、アルゴリズム特許の強みにもつながります。
アルゴリズム特許の権利行使
アルゴリズム特許の権利行使場面を想定してみます。
D社(防御側)は、アルゴリズムA1を使ったソフトウェア・サービスXDを提供しています。
A社(攻撃側:個人でもよい)は、アルゴリズムA1を対象とする特許PAを持っています。
A社は、サービスXDは特許PAを侵害しているのではないか、つまり、サービスXDにはアルゴリズムA1が使われているのではないかと疑っていますが、特許侵害を確信しているわけではありません。
サービスXDがどのようなアルゴリズムを使っているのか、外見からは判断しづらいためです。
確信はないが疑惑はある
とはいえ、サービスや製品を使ってみると「(このサービス等のアルゴリズムが)自分の特許を侵害しているのかわからないけれども、侵害している可能性は十分にある」という推測がつくことはよくあります。
アルゴリズム特許の場合、特許侵害を確信できないが疑惑は濃厚というのはよくあります。
そこで、A社は、D社に対して、「自分は特許PA(アルゴリズムA1の独占権)を持っているので、特許PAを使った事業をいっしょにやりませんか」というオファーを出します。
これは「貴社(D社)は特許PAを(おそらく)侵害しているのだから、特許PAの使用料(ロイヤリティ)を支払って欲しい」という意味です。
話をもちかけられたD社は、特許PAを確認し、残念ながら自社サービスXDが特許侵害していると判断します。
その一方、A社が特許侵害を確信しているのか、カマを掛けているだけなのか気になります。
拒否/取引/反撃
「特許PAを使った事業をするつもりはない(もちろん、特許PAを侵害するような事業もしていない)」とオファーを断るというのもひとつの方法です。
これで、A社がおとなしく引き下がるのならとりあえずは問題解決ですが、A社が特許侵害訴訟(戦闘モード)に踏み切る可能性もあります。
裁判になって特許侵害が明らかになってしまうと最悪です。
サービスXDを変更したり、停止するという方法もありますが、ビジネス上、そういう対応を取りづらいこともあります。特に、インフラのようなサービスだと止めることができません。
A社も、サービスXDの変更や中止が難しい状況にあると確認した上でD社にアクセスしています。
特許使用料(ロイヤリティ)を支払って、特許PAを使わせてもらうという方法もあります。
これならA社は目的を達成し、D社も問題を解決できます。
とはいえ、特許使用料の金額について折り合えるのかという問題があります。
一番有効なのは、特許PAを無効化することです。
無効化の可能性を探る
具体的には、「特許PAよりも前にアルゴリズムA1は知られていた」という証拠として、アルゴリズムA1を開示する先行文献(Prior Art)を探し出します。
特許PAの出願前にアルゴリズムA1が知られていたのなら、アルゴリズムA1は新技術ではなかったということなので、特許PAは成立してはいけない特許(無効な特許)ということになります。
アルゴリズムA1を開示している先行文献Rを見つけ出すことができれば、弁理士に無効鑑定書を書いてもらいます。
D社は、A社に対して「我が社は貴社(A社)の特許PAを使うつもりはありません。また、特許PAの対象となっているアルゴリズムA1は特許出願前から世の中に知られていたものなので、特許PAは有効ではないと考えています。専門家(弁理士)からも貴社の特許PAは無効であるという鑑定書(お墨付き)をもらっています」と返答します。
これは、「もし裁判を仕掛けてきたら先行文献Rをつかって特許PAを潰します。ただし、おとなしく引き下がるのなら先行文献Rの存在は黙っててあげます(積極的に特許PAを潰すためのアクションはとりません)」という意味です。
こういう対応ができれば、A社に対して相当の圧力をかけることができます。
アルゴリズム特許は潰しにくい
しかし、アルゴリズム特許の場合には、この反撃方法が成立しづらいのです。
攻撃側であるA社の弱みは、アルゴリズム特許PAの特許侵害を確信しづらいことでした。
防御側であるD社の弱みは、アルゴリズムA1を開示している先行文献Rを探しづらいことです。
アルゴリズムは「・・・して、・・・して、・・・のときには、・・・をする」という手順なので、一連の手順を完璧に開示する先行文献Rを探し出すというのは一般的な特許に比べてかなり難しいのです。
ユーザインタフェースのような見た目に関する技術の特許であれば、先行文献の図面を見ただけで「これで無効化できる」と即断できることがあります。
しかし、アルゴリズム特許の場合、内部処理に関する技術なので、文献をしっかり読み込まないと先行文献としての有効性を判断しづらい。
また、せっかくアルゴリズムA1らしきアルゴリズムを開示している先行文献を見つけても、アルゴリズムについての説明が不十分のため一撃必殺にはできないということもめずらしくありません。
なんとなく書いているけれどもはっきりとは書いていないという文献は使いづらい。
特許PAの請求項でアルゴリズムが細かく表現されているほど、無効化しづらくなります。
侵害発見しづらい特許ほど、無効化しづらい特許だといえます。
アルゴリズム特許の場合、先行文献の読み込み作業が大変なだけでなく、説明量によって先行文献としての有効性が左右されやすいので、先行文献調査(無効調査)の負担は非常に大きくなります。
通常は特許文献から先行文献を探します。
図書館に籠もって先行文献になるような技術書を探すこともありますが、アルゴリズムの詳細を開示する技術書を探すのは特許文献以上に困難です。
ソースコードで潰す
あるアルゴリズムA2についてのアルゴリズム特許PYを無効化できないかという相談を受けたことがあります。
古いプログラミング言語Lで書かれたソースコード(プログラム)が公開されており、かつ、このソースコードに付属していた説明文を読むとアルゴリズムA2のようなことをやっている可能性がありました。
もし、この古いソースコードがアルゴリズムA2を実装しているのなら、アルゴリズム特許PYは無効になります。
特許PYの出願前に、アルゴリズムA2が知られていたのなら、特許PYは成立してはいけない特許ということになるからです。
私は言語Lを知らなかったので、エンジニアの友人に相談したところ彼は言語Lを理解できるとのこと。
そこで、彼に特許無効化のための要点を伝え、この要点に該当するコードがどこに書いてあるかを分析してもらうという仕事を依頼しました。
期待した通り、このソースコードはアルゴリズムA2を完璧に実装していました。
クライアントは大喜びでしたが、こんな幸運はめったにあるものではありません。
発見しづらいゆえに無効化もしづらい
D社としては、特許侵害がバレることはないだろうと思っても、アルゴリズム特許PAの存在を知ってしまった以上、なんの対策もせずにサービスXDを継続するのは難しくなります。
アルゴリズム特許は、特許侵害を発見しづらいのですが、発見しづらいゆえに無効化もしづらい特許なのです。
参考:「アルゴリズム特許を取得すべきか」「特許を侵害しているかもしれない」