オープン・クローズ戦略とは、自社優位の産業構造をつくる知財戦略のことです。
「オープン」により、技術を開放し、技術の普及を狙います。
「クローズ」により、技術を独占し、収益の確保を狙います。
オープン・クローズ戦略は、オープン技術とクローズ技術をうまくミックスすることで、自社利益を最大化する仕組みを構築します。
自社技術をオープンして他社も使えるようにすれば、技術は普及しやすくなります。その一方、技術のオープンは他社の技術支援をするようなものなので利益を確保しづらくなります。
自社技術をクローズして他社に使わせなければ、丸儲けできるかもしれません。その一方、いわゆる「ガラパゴス」になってしまい、せっかくの技術を活かしきれなくなってしまうリスクがあります。
そこで、クローズ技術が必要とされる自社優位の産業構造(エコシステム)をつくるためには、クローズ技術に関連する分野に他社を巻き込んでいく戦略が必要となります。
オープン特許で全体をコントロールする
オープンの方法はいろいろあります。
まずは、オープンすべき関連技術についても特許(以下、「オープン特許」とよぶことにします)を取得します。
オープン特許を無償で他社に使用させることもあれば、有償で使用させることもあります。
特許権者は、オープン特許の使用者と契約を結ぶことで「誰がこの技術を使うのか」を把握できます。
オープン特許を使わせるにあたっては改変禁止のような条件をつける場合もありますし、改良技術を発明したときには自社にも使わせるような契約(グラントバック)をすることもあります。
オープン技術でも、特許を取得しておけば、誰がどのように使うのかを把握したり、使い方を指定するなど、技術進化をコントロールしやすくなります。
このように、オープン特許を活用することでゲームのルールをつくることができます。
独占(クローズ)だけが特許の使い方ではありません。
クローズで稼ぐためのオープン
インテルは、CPUと周辺機器をつなぐPCIバスを開発し、その仕様を公開しました。
PCIバスを含めたCPU周辺技術をオープンすることで、他社はインテルのCPUにつながる周辺機器を開発しやすくなります。
インテルが提供する設計情報があれば、他社はパソコン市場に参入しやすくなります。インテルの戦略によって恩恵を受けたのが台湾企業です。
やがて、大部分のメーカーがPCIバスを採用するようになり、PCIバスはデファクトスタンダード(事実上の標準)となります。
インテルのCPUとPCIバスは相性がいいので、PCIバスが普及するとインテルのCPUも売れます。
CPUをクローズ、PCIバスなどの関連技術をオープンにすることで、CPU(クローズ技術)でたっぷり稼ぐ仕組みを作ったところにインテルの慧眼があります。
シスコシステムズも似たようなオープン・クローズ戦略をやっています。
シスコシステムズはルーターとよばれる通信機器の会社です。
シスコシステムズは、ルーターのインタフェース技術をオープンし、シスコのルーターの周りに他社技術を集めています。
シスコシステムズは、他社の経営資源をつかって自社技術の価値を高めています。
このような戦略により、シスコのルーターはインターネットの世界で盤石のポジションを築いています。
デンソーのQRコードも有名です。
デンソーは、QRコードを発明した企業ですが、QRコード自体は誰でも自由に使うことができます。
もし、デンソーがQRコードを特許で独占したら、デンソー以外の会社はQRコードを採用できなくなるので、QRコードは普及しなかった可能性があります。
デンソーは、QRコードのリーダー(読み取り機)で儲けることに軸足を置いています。
デンソーは、QRコードというユニークな発明を特許で独占しても事業上のメリットはないと冷静に判断し、QRコードが普及したあとの世界で儲ける方針を立てたのだろうと思います。
エコシステムの盟主になる
なにか独自の技術を開発したとき、この自社技術が必要となる産業構造(エコシステム)を自社の経営資源だけで作り上げることができない場合は多々あります。
たとえば、デンソー1社で、あらゆる物流企業にQRコードの採用を促すことはほぼ不可能です。
こういうときには、エコシステムの一部をオープンして他社を誘いつつ、エコシステムのコアとなる部分に自社クローズ技術を据えます。
他社にも利益を与えつつ、エコシステムの盟主の座を確保します。
トヨタは、2015年に燃料電池自動車(FCV)に関する大量の特許について無償で使用許諾すると発表しています。
トヨタは、得意のFCVで稼ぐためには、FCV技術を使う企業を増やしてFCVエコシステムを構築する必要があると考えているのだと思います。
また、FCVに関する特許をすべてオープンにしているわけではなく、トヨタがエコシステムの盟主になる上で重要な特許はクローズしているはずです。
トヨタがオープンしたFCV特許を使いたい場合、無償とはいえ、ちゃんと契約を結ばなければならないようです。特許を放棄しているわけではありません。
FCVに仲間を誘いつつ、FCV市場をコントロールする力は維持しておきたいという意図が透けて見えます。
技術普及に失敗した例として、ソニーのメモリスティックがあります。
メモリスティックは、後発のSDカードに負けています。
敗因のひとつとして、SDカードが複数企業のコンソーシアムによって推進されたのに対し、メモリスティックはソニー主導色が強いため、多くの企業から敬遠されたためとも言われています。
エコシステムに参加するメリットはあるか
オープン・クローズ戦略の立案にあたっては、エコシステムのどこをオープンにするか、どんなオープン技術を用意しておく必要があるのか、どの程度オープンするのか、どんな条件でオープンにするのかが重要です。
他社にもビジネスチャンスと思ってもらえるようなエコシステムであることも大事です。
インテルのように、クローズ技術につながるインタフェースをオープンすることで、クローズ技術の価値を高める方法もあります。
自社技術が高く評価されやすい測定技術をオープンすることで、自社技術の価値を高めるという方法もあります。
エコシステムそのものについてビジネスモデル特許を取得した上でオープン化し、各社が技術を持ち寄って得意分野で稼げるようにしてエコシステムを盛り上げるという方法もありそうです。
エコシステムを支えてもらう
他社を仲間に引き込むことで自社の存在感を高めるという考え方は新しいものではありません。
たとえば、Windows上でソフトウェアを作るためには膨大な数のWindowsAPIを使いこなす必要があります。WindowsAPIの使い方は公開されていますが中身はクローズ(非公開)です。
WindowsAPIは、Windowsの機能を利用するための便利なインタフェースですが、マスターするにはそれなりの勉強時間や経験が必要です。
WindowsAPIを使いこなせるソフトウェア・エンジニアが増えてくると、Windows以外のOSはプラットフォームとして選ばれにくくなります。
Windowsを使いこなすことはできても、WindowsAPIの具体的な処理内容はわからないのでWindowsの技術自体は秘密です。
世界中のソフトウェア・エンジニアがWindowsを中心としたエコシステムに参加したことで、Windowsは覇権を確立できたといえます。
Windowsに詳しいソフトウェア・エンジニアの市場価値も高まるので、ソフトウェア・エンジニアにとってもメリットはあります。
みんなで共存するからエコシステム
オープン・クローズ戦略には、クローズするところ、すなわち、絶対に譲れないところがあります。
このクローズ技術を必要とするエコシステムを想定し、エコシステムに他社を引き込みます。
エコシステムの中で他社も儲けることができます。
オープン・クローズ戦略とは、こういう思想に知財をからめて公式化したものと見ることもできます。
オープン・クローズ戦略とは、みんな儲かるけれども、企画者である自社が一番儲かるような仕組みをつくるための戦略です。
参考:「休眠特許をどうすべきか」「マイルール製造法としての特許法」