特許法は、発明に特許権(独占権)を与える代わりに、発明の内容を公開します。
発明を公開することで、世の中の技術レベルがアップし、そうすることで新たな発明が生まれやすくなるという思想が背景にあります。
しかし、発明の公開は、好ましくない場合もあります。
たとえば、核兵器や毒ガスの製造法を公開してしまうと、国の安全が脅かされる可能性があります。
安全保障の観点から、多くの国は秘密特許制度を設けています。
国によって制度設計は異なりますが、今回はアメリカの秘密特許制度について解説します。
発明の封印
アメリカ特許法の第181条によれば、原子力委員会、国防長官および大統領が指定する国防関連の政府機関が、特許出願された発明について秘密にすべきか判断した上で、特許庁長官が秘密指定します。
秘密指定されると、特許審査は凍結され、秘密解除になるまで特許権は付与されなくなります。
出願人は、発明の公表を禁じられます。もちろん、外国出願してはいけませんし、ライセンスもダメです。
これに違反すると罰金や懲役などの罰則を科されます。
このように、秘密指定された発明は封印(in a sealed condition)されます。
秘密期間は1年(以内)ですが、封印された特許出願(秘密指定にされた発明)は1年ごとに秘密継続の必要性についてチェックされます。
このため、通常、秘密期間(封印状態)は数年続きます。
補償金による埋め合わせ
出願人は、このような不利益の埋め合わせとして補償金を請求できます。
出願人としては、特許権を取ることができず、発明を公表することすらできなくなる代わりに、口止め料(?)として補償金をもらうわけですが、少々の補償金ではとても納得できないような発明もあるはずです。
アメリカの場合、秘密指定される特許出願の出願人は、国(国の研究機関)や軍事企業が多いようです。
軍事企業にとって政府は顧客なので、補償金問題でトラブルになりにくいのかもしれません。
秘密特許の数は、ソ連崩壊後から急減し、2001年の同時多発テロ事件以後からは増加傾向にあります(国際原子力機関の八木雅浩氏の研究による)。
秘密特許に関する判断は、安全保障環境の影響を受けやすいと考えられます。
日本の秘密特許史
日本は、明治32年(1899年)に秘密特許制度を導入しました。
戦前は、特許庁審査官の2割ほどが、陸海軍の関係者だったと言われています。
戦後(昭和23年)、秘密特許制度は廃止となりました。
連合軍により、技術公開させられたためとも言われています。
秘密特許の副作用
秘密特許とは国による技術の差止めと解釈することもできます。
特定の技術分野で秘密指定が乱発されると、その技術分野では特許がとりづらくなるし、技術公開もなされなくなるので、技術開発の停滞を招く可能性があります。
たとえば、原子力技術について秘密指定が多くなると、原子力技術についての知識の蓄積と共有が進まなくなり、原子力技術の発展が阻害されることになります。
秘密にすべき発明の判断基準を決めづらいという問題もあります。
昔に比べると技術と技術の垣根が低くなり、いろいろな技術が融合しやすくなっています。
たとえば、軍事用ドローンと産業用ドローンは多くの点で技術が共通しますし、もとをたどれば、ドローンにはスマートフォン関連技術の多くが応用されています。
医薬品のための化合物の発明が、危険ドラッグのヒントになることもあると言われています。
出願人の期待度が高い発明について、補償金で充分な埋め合わせをできるのかという問題もあります。
秘密特許として発明を封印されてしまうリスクを考慮し、特許出願せずに(法的保護を期待せずに)発明を応用した新製品を出荷して市場を取りに行く方が合理的行動となる可能性もあります。
秘密特許として封印されている間に他国で同じような技術が開発されて、もともと国産技術だったのに他国企業に特許権を取られてしまうリスクもあります。
あるいは、同国の他社が同じような技術を独自開発し、この会社が特許出願をせずに(封印されることなく)新技術を使って市場を席巻してしまう可能性もあります。
自社判断として特許出願せずに発明を秘匿したが、他社が同じような技術を独自に開発できた結果としてビジネスで負けてしまったのなら自己責任です。
しかし、国に発明を封印されたせいでビジネスに負けてしまったとしたら納得がいかないのではないかと思います。
秘密指定されると、国に発明の秘匿を強制されることになります。
そうなると、発明の内容を知っている関係者が情報を洩さないように管理する体制を作らなければならないという実務的な負担も生じます。
秘密特許には効果も副作用もあるといえます。
参考:「アルゴリズム特許を取得すべきか」「特許の歴史」