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分割出願戦術の破綻リスク

三谷拓也 | 2022/12/30
特許法は、分割出願という制度を規定しています(特許法第44条)。
特許出願A1の後、A1を対象とした「分割出願」として特許出願A2を出すことができます。特許出願A2は、特許出願A1(親出願)と同じ出願日に出願したものとみなされます。



分割出願をする理由


分割出願をする理由はさまざまです。

たとえば、特許出願A1では権利化しなかった内容をスピンオフさせて別の特許出願A2(分割出願)にすることがあります。特許出願A2は「特許出願A1とベースは同じだが狙いが違う特許出願」となります。
特許出願A1が拒絶されたので、再チャレンジとして特許出願A2(分割出願)をすることもあります。
特許出願A1は特許査定になったものの、特許出願A1(特許)よりももっと広い権利範囲を狙うために特許出願A2(分割出願)をすることもあります。
 

分割出願とは「増殖出願」である


特許出願A1→特許出願A2(A1の分割)→特許出願A3(A2の分割)→特許出願A4(A3の分割)→・・・と延々と分割出願を連鎖させることもできます。
分割回数に制限はありません。やろうと思えば、何十回でもできます。
分割出願制度を活用すれば、たった1件の特許出願から多数の特許権を創り出すことも可能なのです。

分割出願制度は、最初の特許出願に含まれている発明をしっかり保護できるように、という配慮から作られた制度なので、上手く活用すれば効率的に特許の網(特許ポートフォリオ)を作ることができます。
実際の活用方法に鑑みれば、「分割出願」というよりは「増殖出願」という方が本来のイメージに近いように思います。

日本だけでなく、外国でも分割出願は一般的な制度です。
分割出願制度は、戦術的なバリエーションを作りやすく、発明をガッチリと守る上では非常に便利な制度です。

分割出願のルール


時点t1に特許出願A1をし、それよりも後の時点t2に特許出願A2(A1の分割)をし、それよりも後の時点t3において特許出願A3(A2の分割)をしたとします。
分割出願なので、特許出願A2の出願日は時点t1(A1の出願日)に遡り、特許出願A3の出願日も時点t1(A1の出願日)に遡ります。つまり、時点t1に特許出願A1,A2,A3の3件の特許出願をしたのと同じことです。

分割出願をするためにはいくつか条件があるのですが(以下、「分割要件」とよびます)、その一つは「親を踏み超えてはいけない」というルールです。
たとえば、特許出願A2の権利範囲(請求項)が、特許出願A1(親出願)に記載されていない内容を含む場合には分割出願は認められません。こういう「後出し」はルール違反です。

特許出願A2の請求項が特許出願A1から許容可能な範囲を超えるときには「新規事項の追加」という拒絶理由が通知されます。

連鎖が途切れる


A1,A2,A3・・・と分割出願の連鎖を続ける場合、連鎖のどこかで分割要件を満たしていないと、連鎖が途切れてしまいます。

たとえば、特許出願A1のあと、特許出願A2(A1の分割)をしたところ、特許出願A2に「新規事項の追加」という拒絶理由が通知されたとします。
出願人は、特許出願A2の拒絶理由解消をあきらめ、新たに特許出願A3(A2の分割)をして、特許出願A2はそのまま取下げたとします。
この場合、特許出願A3の出願日は、時点t1まで遡ることはできず、特許出願A2の出願日である時点t2までしか遡れなくなります。

特許出願A3は特許出願A2の分割出願であるが、特許出願A2は特許出願A1の分割出願ではないからです。

もう少し詳しく説明すると、特許出願A2は「(A1を対象としたときの)分割要件」を満たしていませんので、特許出願A2は「A1の分割出願」ではありません。ゆえに、特許出願A2の出願日は時点t1まで遡ることなく、実際の出願日である時点t2となります。
特許出願A3が「(A2を対象としたときの)分割要件」を満たしているのなら、特許出願A3は特許出願A2の「分割出願」となります。ゆえに、特許出願A3の出願日は時点t2(A2の出願日)まで遡ることはできます。しかし、上述したように特許出願A2は分割出願ではないので、それ以上は遡ることはできません。

もし、特許出願A1が時点t2よりも前に公開されていると悲惨なことになります。

特許出願A3の内容は、出願日(時点t2)よりも前に公開された特許出願A1に記載されていますので、特許出願A3は特許出願A1によって拒絶されます。
A3から見ると、祖父(祖母)だと思っていたA1と血がつながっていないことが判明して、しかも、そのA1から邪魔をされたようなものです。
特許出願A1をしたあとほどなく発明の内容をアナウンスしていた場合や製品をリリースしていた場合も、「出願日を遡れない」がために公開事実によって拒絶される可能性があります。

このような事態を回避するためには、特許出願A2の「新規事項の追加」という拒絶理由だけはなんとしても解消することで、A1→A2→A3という分割連鎖が途切れないような処置だけはしておかなければなりません。
特許出願A2の権利化をあきらめるとしても、「新規事項の追加」ではないかたちに補正してからあきらめる必要があります。

特許網が崩壊することもある


新規事項の追加は、拒絶理由になるだけでなく、無効理由にもなります。

A1→(A1の公開)→A2→A3→A4→A5→・・・と続けることで数年をかけてたくさんの特許権を成立させたとします。
しかし、あとで特許出願A2に「新規事項の追加」という無効理由が発覚し、この無効理由を解消するための処置を怠ると、同じ理屈で、A2だけでなく、A3以降の特許権は全滅してしまいます。

分割出願は発明保護にとって有効な制度ですが、分割出願を連鎖させるときに「分割要件」が守られているかについては十分に注意しておく必要があります。

参考:「従属項をなぜ作るのか」「うらやましがられる特許権